2006-08-01 ========== プールサイドガールとそんなリアル・あるいは環境と自分について ------------------------------------------------------------ Reference URI: http://lowreal.net/logs/2006/08/01/1 Written Time: 2006-08-01T02:35:42+09:00 Tags: thinking こう、やっぱり、夏制服の髪が肩まである女の子が、プールサイドに立ち尽くしてミナソコ を見つめているんだよなぁ。ほんとに。その俺が見ている風景の中では、少し遠くに見える 木と、彼女の髪とスカートが少し揺れてるわけで、そんな世界に生きているのだから、リア リティ、というものはリアリティでしかなく、本当に、それがリアルであったりしなくても いい、みたいに感じる。つまり「憧れ」が常になくちゃいけないけれど、それがリアルにな いし、ないのは仕方ない。 リアルであれば、俺は高校のとき、何かしら向上的で一体感のある部活に入って何かをした かった。今もしたい。もちろんその「今もしたい」というのは、今の状態でそれをしたいわ けではなく、高校生になって部活動をしたい、という意味。そして正直いって、それ以上の 何かはない。だから、このリアルな何かはまず叶わない (時間をとぶことは不可能だからね)。この時点で一つ諦めが必要。しかた ないから、それっぽい目標・目標とはいえない目標を「てきとー」に掲げるしかない。死に たいわけじゃないからね、死にたいと思うとき、同時に生きたいと思ってる。よりよく生き たいのに、できないから死にたくなる。 どうでもいい。どっちにしろ、望んだ世界において、俺は俺ではない。ので、そういう意味 では、考えることが、本当に意味がないことなんだろうなぁ。俺がそういう情況になるため には、それまでの環境構築 (すなわち自分の構築) の過程で、今の俺のようなことになって はいけない。それは既に俺ではない。環境=自分の反射/自分=環境の反射なのだから、そ ういう世界のそういう環境にいる俺は、常に俺ではない。