ひさしぶりに近所を散歩して写真を撮ってみたけれど、ろくな写真がとれない……
写真
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ひさしぶりに近所を散歩して写真を撮ってみたけれど、ろくな写真がとれない……
自分は白くて派手じゃないシクラメンがベロニカペルシャの次ぐらいに大好きなので、もっと撮りまくりたい。うつむいて、静かにしてる感じがすごくいい。でもって、よくみると艶容なのもすごくいい。シクラメン、っていう名前もいい。「つめたくてかわいくてきれい」だと思う。
無口な女の子はそんなに好きではないけど、嫌いでもないなぁと考えながらコンビニの帰り道を歩いていたら、なんとなく、三人以上でいると良く喋るのだけれど、二人になると喋らなくなる女の子、というのが少しグっとくることに気付いた。
ロシア語のフィードバック的なものがあったのだけれど、全く読めなくて、最初それがロシア語かどうかもわからなくて、訊いたりして (ありがとうございます)、Google の機械翻訳で英語へ変換 (日本語への翻訳はできない) してみたときの、なんとも言えない感覚、あぁ読めた……っていう感覚が、なんとなく面白い。
日本語の文章を、英語圏の人が読もうとしたら、自分がその最初に感じた、読めない絶望感や、歯痒さ、途方もない感じが、やはりあるんだろうなぁと思った。そういう意味で、英語だと、いくら読めないといっても、調べる手段 (その文字をうちこめる) があり、読もうと思えばどうにか読める、というのは、大切なんだなぁと感じた。
可愛い女の子をいまいちイメージできなくなっている。リアルよりリアリティのあるのを想像したい。プログラミングは大事だけど、可愛い女の子をちゃんと想像できなくなるのはまずい。
おー、タイトルもその場編集できるー
「日記を書く」をクリックしたとき、タイトルの input 要素までスクロールしてほしい。
ここ最近日記を書いていないということは、ここ最近何も考えていないということだと思う。考えようとするときは、文章にするし、文章にするときは、日記にする。日記をふりかえって、書いていないところがあるなら、そこは何も考えていないところだ。
なんだか、どうも、「浮き足立っている」感じがする。落ちつきがない。客観的じゃない。綺麗なことも考えてない。ぜんぜんだめだ。ぜんぜんだめだ、と書いて安心しちゃだめだ。
からまれたら、どうするのがいいんだろう……実際のところ、ネットだから、リアルだから、という差はだんだんなくなっていくし (なぜならネットがリアルの延長にあるから)、誰もがネットを使いはじめると、だんだん、嫌な人、決定的に合わない人とも出会いやすく、からまれやすくなる。今のところ、mixi とか、そういう部分でしか目立たないけれど、増えていく。実際に、そういったところ以外でもいることはいる。(例えば nicovideo なんかでも感じることができる)
徹底的な無視、といっても、SPAM 行為と一緒で、どうしてもすりぬけてくるものがある。そういう人達を、確実にどうにかする方法は、今のところないように思える。からまれたら終わり。いじめと同じだ……
安全なところから、他人を凹ませて、外に出れなくして、喜ぶ人、というのが、一定数いる。なんらかのタイミングで、自分さえ、そうなるかもしれない。気付かないうちに、既になっているかもしれない。素晴しい人は死んでいく。未来を感じない。
一年のまとめ、みたいなのをやろうと思っているけど、なんだか、結局やらないで終わりそうで、まずい。いろいろあったけど、不確定なことが多くて、どうしよもない。
啓蒙的な、主張が多い長文書いてる日記/ブログで、本文部分に font-size: 80% のスタイルがあたってると、そういうところになんで気を配らないんだろうと思うなぁ。
あと、何度も書いてるけど「~なんだが。」ってのは、ちゃんとした積み上げがない人が使うと本当にダサい……
自分は物語にハッピーエンドを望んでいるけれど、ハッピーエンドで終わる物語が好きじゃない。
にいってきた。yusukebe さんと抱きあえたのでよかった。Dan さんに自己紹介したとき JSDeferred がでてきてちょっとかんどうした。id:amachang++
人数が多いとそれだけ、嫌な人と遭遇しやすくなるんだから、ブログも日記も書いていない人がいっぱいいるところに、コミュニケーションを目的として行こうとなんて思えるはずがない……
id:cho45に嫌な人とマークされてるんじゃないかと思うと夜も眠れません><
ちょw そんなわけない>< むしろ毎日会いたいw
殆ど知らない人いっぱいとあうのは絶対嫌だなぁというのを twitter の大規模なオフをやったという話を眺めながら思ったのでした……
事前に「あーこのひとはこういうひとかー」っていうのがわかってないとこわすぎる (知っていれば近づき/避けやすい)。そういうのは継続的な日記/ブログ (をどっちのスタンスで書いているか、とかも) がないとわからない……
要約すると、「ちんこちんこ言っても大丈夫なのかよくわからないのでめんどうくさい」
http://www.flickr.com/photos/joi/2093076116/
こういう配色っていいよなぁ……変に気取っていなくて……
あといまさらだけど Last.fm の audioscrobbler とあわせたロゴはすきだ
別に、一日中コンピュータとむきあっているからといって、いつも同じことをしているわけではないのは、よほど古い人でなければすぐ想像可能で、あたりまえに感じることだと思う。プログラミングしていたり、写真現像していたり、ニコニコ動画見ていたり……
そんなのと同じように、プログラミングをするって一言で云っても、あっちいったりこっちいったりで、いつも同じようなことをしているわけじゃないのはごくごく簡単に想像できることだと思うんだけど、そうじゃない人もいるんだなぁと思った。
ActionScript とか JavaScript のプログラミングと C や D のプログラミングは全然違うし、JS に限定しても、ブラウザにすごく近い部分のプラグラミングと、言語を拡張するようなプログラミングとでは違うし、いくらでも細分化していくことができる (掘りさげて、あっちこっちいったりできる) 。もちろんこんなのプログラミングに限ったことじゃなく、写真だって被写体や画角の違い、撮影スタンスの違いでいくらでも広げることができるし、たぶん他の分野でも一緒だ (一見そうは思えないことだって多くて、たんにそれは自分がその分野について知らなすぎるだけなんだと思う)
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むしろ今は、おれが行きたい。
2ch とか、ニコニコ動画とか、そういう人がいっぱい集るところは、ほんとうに、クズの最低な発言ばかり目立って、真面目なものほど全く面白くない。ただのネタスレにだけ存在価値がある。(どんどん、真面目なもの、本気なものはああいうところから消えていく。クズが集るまえのときにしか、そういうのは有効じゃない)
Good Dog Happy Men のスレは本当にクソだらけで微塵も面白くないと、久しぶりに読んで思った。ああいう、最低の表現をするやつらと、ライブなんかで同じ空間にいるとかは、腹立たしくてならない。「キモいやつらがいっぱいいた」とか、お前は何しにいっているんだという感じだ。そんなことを平然と、匿名でありつつも、キーボードでうちこみ、ポストする、という感覚や、その自分への自信、みたなのは、かえって羨しい。
というのをどっかに婉曲して書こうと思ったけど、一番いいたいことはうまく書けず、自分がそういうことを全くしていないかというとそうは絶対言いきれず、なんやかんや全部嫌になる。
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