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赤裸々にこんなこと書くのはどうかとも思いつつも、今までもそうしてきたし、悪かったことを書いて、良かったことはちゃんと書かないというのは何ともおかしいので、嫌がられない程度に書いておきたいと思うところです。
結論からいうと恋人ができたのです。こんな自分にありえることかよという感じで、自分でも驚きますが夢ではないようです。
自分にとっては、中学生のときに好きだった人で、卒業後疎遠になり、年に数度連絡があるかないか (自分の人付き合いだと多いほう) という感じだったのですが、去年の12月下旬にそれまで一度もなかった電話が突然かかってきたのが、その内容と共に自分の中では非常に不安を生み、年末に1度会ってもらって久しぶりに長めの話をした (自分から誰かに会おうと約束を投げかけるのは、全くなかったので骨が折れましたが、それにしても不安感が勝った) のをきっかけに、メールを通じてたわいもない話をするようになったのでした。
高校・大学と、自分のことに精一杯で他人への興味を殆ど失なっており、いわゆる恋愛感情みたいなものは自分の中では割とよくわからないファンタジー感情になってしまっていたし、定期的に「ちゃんと幸せになって欲しいなあリスト」に載っている友達や知り合いを心配しつつも、他人を心配できるほど自分がまともに生きれてないのでなんとも言えず (今もそうです) という感じなので、そのようにして1回会って話をしても、すぐ感情を思い起こすことができるわけもなく、基本的には友達として心配だなあという気持ちでいたのですが、さすがにやりとりを続けたり、他のいくつかの要因が重なったりして思い出しはじめ、まだ好きなのかもなあと思うようになり、もう1回ちゃんと会って確かめてみたいという感じになったのでした。
自分が遠くにいるおかげで帰省を口実にでき、せっかくなので会おうという感じで先日会って、また長いこと話をした末に、自分の中では結論が出て、会う前はとりあえず結論だけ出して伝えなくてもまぁいいかという感じであったものの、話の中で他の不安要素が出てきて、さらに心配だなあと思うようになり、また、最悪でも自分より良くない人と付き合って欲しくないなと考えた結果 (余計なお世話だけど)、幸い自分は一応男だし、結論を出した感情もあるので、行動をとって凹むことはあっても悪くなるようなことがないなと気付き、それならもう時間ももったいないので、連休中にすぐまた会って、話をして、伝えた結果、良い返事をもらえて冒頭の結果になったというわけです。良かったです…… ごちゃごちゃと考えた末に自分の中の閾値を超えさせて気持ちを言ったものの、言ってみると自分で思っていた以上に感情が沸いてきたのが、自分で自分に驚いたところです。
先のことはもちろんわかりませんが、せっかく続いてる縁なので、うまい落としどころを探し続けて仲良くなっていきたいなあと思いつつ (現状あまり会えないし)、幸せを感じる反面に気を引き締めないとなあというのは今強く思うところです。
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休日中にあった、非常に良かったこと、やっぱちゃんと書いておきたいけど、どこをどう書いていいものかわからない……
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すごく良いことがあったので、多少ちゃんと書いておきたいけれども、いろいろ難しい。
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memo
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日曜日はたまにしか会えない友達と写美へ行った。展示内容の殆どが古い写真だったので、いまいち今の何かしらに直接参考になる感じではなかったけど割と面白かった。古い写真は写真っていうより機械を使って絵を描こうって感じだったのでなんか微妙感があったけど、福原路草はその中では新しめで良かった。あと、最初の写真技法であるところのダゲレオタイプはフランス政府が特許を買いとって誰でも使えるようにした、というのが興味深かった。調べた感じだと、発明者が政府に働きかけたらしい。オープンソースとは違うけどなんかおもしろかった。写美、展示内容見て特に興味ないかな、と思っても、見てみると普通に面白いので定期的に行きたい。
一通り見終ってから友達としばらく (写真とは関係なく) 話をしたけど、距離感を正しくとれるコミュニケーションサービスはさっさと作らないと死人がでる感じがしたし、特に単にコミュニケーションの量を増やすだけのなんかを作っても、万が一そういうつまらないサービスが流行ったりなんかしたら悲惨な感じになるのが目に見えて本当に恐い感じがした。
あとなんかいろいろ話したいことがあった気がするけど1割も話をしてない感じでだいぶ時間が経ってしまった。しかし、実際会わないと話のしようがない人とは無理にでも会っていこうという感じがした。文字メディアで十分な人とそうじゃない人との違いはどこにあるんだろう……
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土曜日は鎌倉にいった。北鎌倉で降りて、葛原岡神社、銭洗弁天、鶴岡八幡宮、荏柄天神社、鎌倉宮、蛭子神社、八雲神社を歩いて巡って帰った。結構行ったことのない神社にいけたので良かった。だらだらとぼーっと歩いたけど、気温はちょうど良く、晴れていてるにしては日差しが強すぎず、平和で、目の中にちょっと残像を残す感じに葉が揺れてて気持ち良かった。
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日常生活とかでも言い訳ビリティを活用することはできるし、むしろ活用すべきであると思うわけです。飲み会の出欠をめぐるメールでのやりとりを想定します。
やりとり1
- A「×日暇?」
- B「暇」
- A「CとDと飲み会なんだけどこない?」
- B「いかない」
やりとり2
- A「×日暇? CとDと飲み会なんだけどこない?」
- B「いかない」
冗長かどうかは置いておいても、どちらのほうがBにとって負荷が少ないかと言えば、やりとり2のほうです。なんでかといえば、このあと「なんで?」と聞かれた場合 (理由を聞くのがそもそも失礼ですが) でも、「忙しいから」という理由を残しておける (=言い訳ビリティがある) からです。
逆に、理由を明確にして追いこみたいときは前者になるのでしょう……




















