面白いのが見れればよくて、自分の作ったものが他人にとっても面白いものなら、自作自演はむしろすべきだと思う。

「毎日がつまらない……」という経験をしていない人もいるんだ

できることが同じだからといって、どの言語を使っても同じなわけがない。「こう書ける」の大事さがなんでわかんないんだろ……

たとえば、アイデアがちょっとうかぶんだけど (もちろん些細で、ちょっとあれなんだけど)、すぐ「えーそれってちがくなーい」ってなるんだよね。「ちょっとあれ」な部分にしか着目しない。なんなんだあれは。大学的文化? 他だと違うんかなぁ……

そうなってくるとやっぱり、口に出すまえに、デメリット部分を自分で考えて飲み込んで消化してしまうから、「見ためのアイデア数」が減る。

お金をとってしまうと、おれみたいなのは発言できなくなってしまうし、その責任というのはすごく重いので、より一般的な話ばっかりになって、それって結局、ウェブで手に入る情報じゃないの? みたいになってしまうとすごく重くて、逃げにはしるし

amachang はJavaScriptヲタかつヲタクヲタだよなぁ……あの問題って人としてのふるまいかたの問題だったから、(有料無料というよりも。ただ有料にしたときの金額に、その雰囲気がでてしまっていたのだと思う) 自分も気をつけないといけない。いやだって、僕は結構見た目で判断してしまうし、それをとっさにうちけす考えがでてこないことはしばしばあるし……

なんか、どうも、ここ最近ぐるぐると、頭の中をただよっているので、言語化しようと試みるけれど、論理的に書けないかもしれない。

デザイン系の先生のワークプレイスの講義の中で、「デザインみたいにクリエイティブな仕事をするときはこういうワークプレイスが必要ですよねぇ。まぁプログラム書くとかなら必要ないだろうけど、家でもどこでもできるから」みたいな感じのを聞いたのだけど (もちろんこれは正確な引用じゃなくて、日が経って俺の中でいくらかフィルタリングされていると思うのだけど)、それの真意がよくわからない。そんな重要な文脈じゃなかったから、気にするほどではないのだろうけど、どうも頭のなかにしばしばうかんでくる。過剰反応っぽいけどよくわかんない。

なんであそこでプログラミングがでてきたんだろう。プログラミングとかクリエイティブじゃないよねぷぷぷ的な目線だったのかな、とか思ってしまう。

そもそも、なんていうのだろう。プログラミングとデザインって、そんなに違うことなのかなぁってよく考える。ユーザの行動・思考をプログラム (前もって描きおと) しているのがデザインという感じをときどき感じるし、プログラムの API や、書きかたはデザインだよなぁ (デザインパターンとかそのままだけど)。グラフィックデザインだけがデザインじゃない (これは誰もが納得する) し、タイピングするだけがプログラミングじゃない (ときどき納得できない人がいる)。デザインだって、ロジック使って実装するし (だって感覚的にやってるだけだったらアートなんじゃないの?)、プログラミングもそうだ。

うーん。むしろ、本来の「デザイナ」は発明家なのかもしれない。これは、tumblr かどっかで読んだのが頭に残ってる。そうかもしれない。


ちなみに講義自体はつまらなかったわけじゃないです。何学んだかはよくわかんなかったけど

学校に来る途中で、歩きタバコを四人も見て、学校の入口が白く曇っているのを見て、せっかくのいろんなことがなくなっていくようだ。何言ったって無駄だ。もっと中へ。

またこれで、やる気なんてみんななくなった。