「生活にルールを」っていうのは、それ自体がルールになっていて、しかもルールを定義するための前提になっていてなんとなく、面白いと思った。再帰的で、かつメタなルール
生活にルールを
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「生活にルールを」っていうのは、それ自体がルールになっていて、しかもルールを定義するための前提になっていてなんとなく、面白いと思った。再帰的で、かつメタなルール
確定申告書提出した
もっとはやく、簡単な送金システムが実現されるべきだよなぁ。なんかいい方法ないのかなぁ。
なんか絞りと被写界深度がシャッター切るまえにイメージにパチっと一致するようになってきた。50mm 限定だけどw
アイデアはもっと、日常的なものだなぁと感じる。アイデア、無限の中から拾いあげてくるもの、生活の中で、それはいつもまわりにあるけれど、気付くことが、難しい。写真もよく似てる。ゼロからではなくて、いつもまわりにあるものを敏感に感じとる、形にする。でもみんな同じだ。写真だけじゃない。
を暗喩的に解釈する。
昼に少し散歩をする。面白いダイアリを書いている人がいまなにをしているかを想像する。想像で、確かに人間がいることを実感する。
プログラムを書くときには、単に自己表現をしているのではなく、コンパイラが理解できるように書くものです。「これはコンパイラが理解できるだろうか」と絶えず自問しながら書くわけです。同じことは人間が読む文章にも当てはまります。多くの人が読んで理解できるように書く必要があり、そのためにはどういう言い方をすべきかと考え、読者の目にどう見えるか想像する必要があります。どうしたら理解してもらえるかよく考えることです。
またこのヒトカヨーって思って疑いながら (なんかあんまり好きじゃない) 読みはじめたらおもしろかった。
なんかすごい憤りを感じるというか、人間的にその発言ってどうなの、って感じだ……
なんかでるらしい。すごい楽しみだ!
たのしみがふえた。というか今年こそちゃんとライブに行きたい……
靴の見えないところに入っていて、歩くたびにかかとをつっつく石を取り除いた。
ヤクルト吹いた。いまからすげー不安だ\(^o^)/
おもしろいはてダをいくつか見つけて購読開始した。思ったけど、日記中に書いてある id とかを辿っていくと、面白い日記書くクラスタってのがあって、集ってるんだなぁとか思った。
何か唐突に気付いた。僕に必要なのは、先生みたいに誰か一方的に教えてくれる人とかじゃなくて、一緒に学習を続けていける、同じ方向を向いた人なんだなぁたぶん。高校も、大学も、ほんと、全くそういう友達はいなかったなぁ……
アンテナの購読状況と、はてダ、はてブでの id コールを集計したらできるかな。でもひっこんでる人はでてこなくなっちゃうよなぁ。
脳内でいろいろ、ざっくばらんにだけれど、これからのことを計算してみると、いくら稼いでも全く足りないので (お金がない、っていうのは、スピード感が失なわれがちで、すごくよくない)、もっと倹約しよう。
なにかいろいろ、浮かんでは消えることがあるけれど、うまく言葉にできない。消化するのに時間がかかる。あとなんか、言葉を選ぶことについて、やらないといけないことがあるのだけれど、心を消費することなので、難しい。
言葉は魔法で、呪いだ、と感じる。一言の重さを、ポジティブにもネガティブにも実感する。一言の「イイネ」と、一言の「どうなのソレ」みたいなのの大きさ、もちろん文脈によるにしても、そういうのは本当に呪いだ。
[[トラックナンバー]] 知らなかった。こんな用語あるんだ。
バーガーのCDってもう手に入らないから、できるだけバックアップしときたいよなぁ。RAID くんでるやつに mp3 はおいてるけど、ロスレスで保存すべきだよなぁ。ついでに Amazon S3 にいれたいなぁ。
自分は、はてキ経由で、プログラム分野以外の人の日記をかきあつめて読みことが多いのだけれど (他の方法で探してもノイズが多すぎてあんまりおもしろくない)、長いこと読んでいる人、一方的に1年とか2年ぐらい読み続けている人、とかから☆とかもらうとめっちゃ嬉しい。
ネガティブさは絶対に忘れてはいけない
それ忘れたらほんとにただのヒトだーよー
僕は JavaScript の人ではなくて、Ruby の人ですよ!! JS で好きなのは言語的な部分であって、ブラウザがどうとかって部分はそんな好きじゃないんですよ! BK ばっかりで疲れる割に得られるものがないお……いつまでにできる、ってハッキリ言えないしなぁ…… (ハマったら数日かかるjnsk)
なんなんだろうって考えてた。僕はけしてプログラムを書くのが超絶早いほうではないし、知識もそんなにあるわけじゃない。数学的なこととかになるとわからないし、理解力もあんまりなく、習得に時間がかかる。
けどこう、プログラムのデザインとか、コーディングルールとかについては、たぶんなんかある程度はオレがタダシイ!!みたいなのは持てるかも。どうなんだろう。ライブラリのデザインとかは心が踊る楽しさがあるんだよなぁ。
もっと完全に環境を変えてみるのもアリだよなぁ
うーんやっぱり、ああいうのを、いいと思うのは、僕がもっと、一つのことを継続してやりたいからなのかもしれないなぁ…… サービスとかって、ただ出せばいいってわけじゃ全然なくて、中の実装 (見えない部分のデザイン) と、表に見える部分と (ユーザインターフェイスデザイン) と、その作品がなぜ必要か、っていうのを、人一人、作家として、哲学 (自分自身の人生のデザイン) を持ってやらないといけないと思う。それを納得できるまでやり続けないといけない。
どういうところで、安心してそれをできるか、みたいなのが大変なんだよなぁ。最近は三ヶ月先とか、半年先のことばっか考えてるなぁ。
独りで頭を使うのが、やっぱり好きだなぁ。まわりに人がいると怖くて怖くてしかたがなくて、賑やかなのはすごく孤独を感じる。
どんな場合にせよ、行動によって気付かされることは多いのでしばらくは「勉強」しとこう……
mpio のページをみてたら、「あれなんか昔 mpio 持ってなかったっけ」と思い出したので部屋の中さがしたらあった。単三1本。動いた。
でもメモリが 256MB しかなくて、しかもドライバ?類がなくて曲の入れかえができない。高校のときはたぶんずっとこれ使ってたんだよなぁ……これ持ってよく地元を散歩したのを覚えている。懐しい。しかし操作方法がわからない。わかった。
入っていた曲
夏草の揺れる丘 は、特に最近全然聴いていなかったから、やたら懐かしい感じがした。今でも全然聴きまくるやつのほうが多いから、リナザウはやめてこれを持ち歩こう。曲の入れかえとかヒツヨウナイヨ
あなんか、mixi のアレ、GDHM がバーガーを抜いている。
というかおれ……いつのまにか5年以上ウェブ日記書いてるっぽいんだぜ……
書こうとして書いているわけじゃなくて、自然といろいろ沸いてくるだけだし、いつもそうありたいと思う。必死に考えて書くことをひねりだす、っていうのはなんか違うと思うんだよなぁ。何が違うかよくわからないけれど、そういうのって中身がない感じがする。日常的に、環境が環境ならば、自然と言いたいことはでてくると思うんだよなぁ……
やっぱ小さいデジカメ欲しいなぁ…… DP1 は高すぎだなぁ