もーほんとなーリア充うざいなー


ちょうどいいです


空前のアルゴリズム & 数学学習ブーム!

おれは努力なんて言葉を絶対つかわないようにしよう。大抵の努力なんて後付けで「あぁこれは努力だった」というものだ。努力するために努力するなんてやつはいない。(いてもおれはしんじない)

何度も書きまくっているけど、苦しくて辛い努力をしました! だから今楽しいです! っていうの、とても嫌いなのだ。そういうこと言わずにただ努力を続けている人もいるのに、環境によってそれが報われないことはあるのだ。でも彼らはうまくいっていないから「努力の結果楽しいです」とは決していえない。そういう環境にいることを変えよとマッチョはいうわけだけれど、どうしようもない状態っていうのはあるんだ。念のためにいっておくと僕はそういう状態になるまえにまず諦めるし、ついでいうと彼らに殺されるかもわからないぐらい僕は努力以上に報われすぎているだろうと思う。

不思議なことだけれど、努力は報われないっていうとてもあたりまえのことについて誠実にならない人がたくさんいる。これはどう考えたって真実なのに、直接的には誰も教えてくれない。少なくとも僕はそうだった。僕が小学校・中学校・高校の洗脳の中で気付けたのは自分で努力をしなかったことと、まわりには割と真面目に努力をする人がいたことによると思う。別に何か大きいことがあったわけじゃなくて、とても些細なことだ。

僕は努力は報われるべきだと思っているし、それは主観的な努力に比例すべきだと思っている。今の社会では、それによって誰かが僻むのかもしれないけれど、確実に努力が報われる社会ならば、僻みもなくなって純粋に日々を努めることができるだろうと思う。でもいまはそんな社会じゃないし、そもそも世界の構造的にそんな状態には未来永劫ならない気がする。

すこしむかしなら、「神樣が見てくれているから、誰も認めてくれなくても」っていうのも通用した。でも今はそういう宗教観はとても薄くなっていて、もっとリアルな、個人同士での承認やモノが求められている。あるいはそのむかしあったツールとしての「神様」の代替が求められている。

誰も見ていなくても誰かが、という視点からしたら、ウェブ日記なんかもそうなのかもしれない。誰かが見ていることのフィードバックのあるなしに関わらず書き続けることで、匿名の読者をツールとしての神様にしているのかもしれない。

どうだっていい。分析なんてどうだっていい。思っただけ。頭がわるいのに余計なこと考えてもしかたがない。

や、ちがくて、文乃さんと結婚したい

日記へのフィードバックってリファラぐらいが丁度いいのかもしれないよなぁ。スターでもまだちょっと能動的すぎる。

文乃さんって年下らしいよって、文乃さんヲタじゃない人に指摘されて、まじで!っておもった。ちゃんと読んでねぇなwww

年下っていうのは物語上の相対的な年齢っていみで

ちがくて、ぼくは単純に、あれそれに関しては、誰だからというより誰でも無理って感じですね

笑われたけど冷静に考えて笑い事じゃなくて、でも考えれば考えるほど笑うしかなくてどうしよもないなー。べつにいいんだよ!!! どうせ何やってたってキモヲタ扱いされるからなぁ、それならまだ、喜ばれる可能性にかけて、スターをつけたいものだと思う。

情報収集ツールじゃなくて日記読むツールです。

いいキーワードみつけると、かなり効率よくおもしろい人を発見できるからなぁ

文乃さんのどこがいいかっていわれてもよくわからないなぁ。なんだろうね。別になんだっていい気がする。いうなら凛とした優しさではないかしら

「僕、リア充なんかに負けない!」っていうタイトルにしようかと思ったけど、デザインからやりなおさないといけない気がしてやめた。

あれはおれが他のとこで感じたことと一緒なんだろうなぁ。もともと持っているものが違うのだけれど

おれの中の基準では同年代新卒がクソに思えたら、って感じかなぁ。この基準の上でなら戦えるなぁ

日記は独りで読むに限る。

ホッテントリたかだか一つのせいで表現が制限されたりする。なにもいうなってことか。

続かないくせに、っておもったろ!!!

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー もう、ほんと書けないなぁ。さっきから書いては消してばっかりだ。タイミングが悪い

なんか、起きてすぐ、思いついたので、検索して、セルフリブログ

ああ、何か作りたいって思ったとき、すぐにそれを実現できるスキルや環境って、すごくそろえるのが難しい。結構誰かの作ったのを見て「そんなの誰でも作れる」なんて思うこともあるけれど、やっぱり作れないんだよねぇ。「そんなの誰でも作れる」ようなのを作れる人は、すごく上の人だ。「これはすごい」ようなのを作れる人は、雲の上の人だ。

http://lowreal.net/logs/2006/05/06/1

あそっか、昨日は12時ぐらいにもう寝てしまったんだった。将来が不安な夢を見まくって起きたときの吐き気がやばかった。

ネットストーカー乙

読んでるところにフィードバックを送ることにめちゃくちゃ慎重にならざるを得ない。ハイクとか、あるいは技術系のブログ的なところなら、スターをつけたりも簡単にできるけれど、そうじゃない日記、外を強く意識せずにプライベートとパブリックのはざまにあるものは、例え1つのスターでさえ、その後に「見られている」とか意識されてしまって、つまらなくなっていくようなことがある。他人からフィードバックを受けたうえで、それでもまだ見られていると強く意識せずに書けるような人は、いったいどれだけいるだろう。

桔梗ってほんといいよなぁ。まずもって「桔梗」っていう字がいいよなぁ。キキョウって書いてもいいし、声に出してもいいし、花も凛としてて綺麗だし

fotolife を有料オプション有効にした。オリジナルサイズであげまくろう。

気のあう人と一緒 >= 独り >>>>>>>>|超えられない壁|>>>>>>> 誰かと一緒

散歩も、写真も、プログラムも、全部そう

なんか数ヶ月お酒飲まずにいて、お酒の席でも飲まないでいて、未成年なんで的なことを言い続けていると、たまに本当に未成年な気がしてくる。まーぼくは17歳あるいは14歳ですけど

餡の雲の「あ」はアルゴリズムの「あ」!

まずは自分で最低レベルの日記を書くことで、誰かに「こんなクソ日記ならおれでも書けるわwww」と思わせることがとても重要なのだ。でも本当にそんなこと考えながら書いているわけじゃない。僕に崇高な目的があるわけがない! みんな嘘だ。うけるわー

会話するのがめんどうくさい

世界が美しく見えるのはあなたの眼が美しいからでしょう、というのをやるのが客観的な写真で、まぁみてくださいよ、ぼくの世界はこんな感じなんです、っていうのが主観的な写真な気がする。そりゃあ主観的なのが「自分語り乙www」とかゆわれて殺されていくわな

そういえば一昨日にドクターペッパーを初めて飲んだ。

読み飛ばされる! すばらしい!

今日は東福寺だけいってきた。行きも帰りもバス。位置的に微妙に遠くて観光客も少ないんじゃないかなぁって思ったけどそんなことなくて残念だった。

なんか、「パブリック」といいきれるようなブログみたいなのがないなぁ。もちろんモヒカン的には、認証が特にかかっていないようなこういうところは、完全にパブリックなのだけれど、気持ちとしては、パブリック・プライベートの二極っていうのはありえないからなぁ。

コード読んでる時間のほうが長かった。自分のプロジェクトではない以上、どういうふうに書かれているか、どういう方向で書こうとしているかを読み解く必要があるし、そうでなくてもファイル配置あたりから、どこに何がっていうのを最初に把握しないといけない。コード内で使われている名前が実際にサービスに出てくるような名前でないこともあるし、フレームワーク自体も内製のものだから、そっちの機能を把握しないと、どこにどこまでのことを書くかっていうのが、感覚的にわかるようにならない (あとあとメンテを少しでもするなら、余裕があるうちに、慣れをつくらないといけない)。

とにかく、時間を決めてその中で、というのを考えて、いじる範囲を狭くして、絶対に必要になるだろうファイルだけ作って、読むほうを優先した。全部の機能を把握しとかないと、そもそも処理をまとめた機能クラスを作れないし、今回の場合、既に機能はどっかにあるのに、自分で実装してしまうとテストが一段増えてしまう。編集範囲を広げたりファイルを無闇に増やす (設計を細かくわける) と、バグったときに見るべき、辿るべきパスが多くなってめんどうくさく、各レベルでテストを書かないといけなくて書かなければならないコード量が増えすぎる。

今回のは、DB 設計も、モデルロジック書きもしていないし、API 自体の設計も互換と最初に決めた時点で考えることは殆どなかった。テストは単純なテストをとにかく書きまくっただけだ。開発環境とかデプロイとかはすごくよくできていて、余計なことは考えなくてすんだ。でも、もっと早くできたかはわからない。

時間制限をかけて緊張感をそこそこに持続させつつ開発をしてみたけれど、それでもリリース直前とか直後になんか起こったりする。「なんか起こる」って思っているから起こるのかもしれない。

歩いて北野天満宮へ。菅原道真って書いてあって、あれ、湯島天神もだよなぁって思ったりした。そもそも天神が道真のことをいっていて、天満宮は全部道真祭ってるってことを知らなかった (さっき Wikipedia みた)。それから、平野神社いって、妙心寺退蔵院まで歩いて、帰りはバスで帰ってきた。退蔵院の元信の庭は工事中でちゃんとみれなかったけど、余香苑がとてもよかった。軽く雨が降ってたけど、むしろよかった。

黒い石のやつと白い石のやつが対称になっていて、これは白いほう

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頭にくるよ。あたりまえじゃないか。でもいい、予想できていたことだ。おれは DAIGAKUSEI なんかに絶対に期待したりしない!!! 深く考えないよ。もっと別のことを考えるよ。音楽を聞きながらコードを読んで、書く。試行錯誤でデザインする

文乃さんがいるから大丈夫です。

ごく近い年齢の人々たくさん、ってのがもう無理な感じなんだよなぁ。。。世代別のコミュニティってなんかあわない……単体で一人一人だったらそんなでもないんだけどなぁ。集まるとバカになる感じがとても嫌だなぁ。

どうでもいいけど世代別ってGCの枕詞みたい。普段言わないもんなぁ。「せだいべつ」

そうそう 1q1z さんは日記とかいろいろおもしろいよねー twitter とかタイムラインが全部 1q1z さんでもいいよもう

自分で体験するまでは信じないほうがよいことを実感した

「おれ、あたまいいから、べつに安全だしー」ってのが、なー、でも本当のところをいうと、自分あたまわるくて逆によかったなぁと思う。頭良かったら、調子こいて、絶対いまよりもさらにヤなやつになるもんなぁ。

カナリアが本当にいい唄すぎる……

やっちまった? まった?

表現方法を増やすことが成長なんじゃないかしら。でも、一を失なって二を得ることもある?

FADE TO BLACK がかっこよすぎる

どうやったって冷静になれない。

大学に通ったりするのは本当に無理だなと更めて実感した

制度、もそうだけど、それ以上に、人がダメなのだよなぁ。あんだけ人がいて、話が合う人が殆どいないっていうのが、どこでもだいたい一緒って、どんだけなんだろう

インターネットへの常時接続な環境にいると、ネットを介さない関係にある人との連絡について鈍感になってしまって、よくない。気をつけよう。好きなときに接続できる人とは違い、偶然を待つしかない人もいるのだ。

3ヶ月ごとに何もできなくなるよりは、1時間ごとになにもできなくなるほうが平均がとりやすいのでよい。