あそっか、日記タイトル変えても、それは記録に残らないのか。だから日記タイトル変えたら日記に書いとく人がいるのか

過去のも遡って [title] をつけた

殆どずっと寝てる日が続いている……なんかいろいろ、夢をみて、起きてからしばらくふらふらと考えるんだけど、言葉に落とせない。

寝すぎているせいか、なんかもう数日日記書いていないなぁっていう気分だった。けど今日記見てみたら毎日書いててびっくりした。

ハリーポッターの最終巻をやっと読みはじめた。

Nightmare's Beginning についてなんか妙に考えることが多い。これってなんか、AM 4:00 からの延長に感じるんだよなぁ。

あと、カエルってなんなんだろうって思ってたけど、不細工で可愛いものの象徴なんかな。どうでもいいか

ものすごく晴れた日に外で歩いていると、まぶしさに眼を閉じた瞬間に、ふっと消えてしまうような気持ちになる。

ネトゲですごく気持ち悪いのは、相手がよく見えないところなんだよなぁ。ネトゲの中で何かしらで関わりあいを持ったとしても、基本的にそこでだけで終わっていて、もし相手をよく見ようとしたら、輪郭が見えてくるまでに何年もかかってしまう。それってすごく面倒だし、非効率的だし、その後の展開もオフラインにおける人間付きあいと過程が変わらなくてつまらない。

今はそうじゃなくて、もっといい方法があるじゃないですか。日記なりブログなりの蓄積があって、それは表現になって、他人にとって大きな手掛かりになる。レベルとかステータスの蓄積は何も表現していない。輪郭が見えないのはつまらない。それに時間をかけても (すくなくともぼくは) 意味がないし、もっとやることがある。

なんで電柱はどんな色であっても自然と調和しないのに、神社の鳥居とかはやたら目立つ赤とかでも調和するんだろう。

これって、例えば日本で育たなかった外国の人でもそう思うのかな? つまり、日本的な文化をバックグラウンドにもってなくてもそう感じるのかな?

!!! 電信柱と電柱ってちがうものなのか!

「ふみの」って発音するときの「み」のところで奥のほうにかすかにみえる独立性がいいよなぁ。「りん」ほど主張してこなくて、なおかつ全体としては優しい感じがいいよなぁ。憚れた凛って表現はおれてきにはこのイメージがぴたっとくるなぁ。

小田急のPRにまんまとハマった感じでいってきた。箱根湯本 → バス(40分) → 箱根町 → 徒歩(5時間) → 箱根湯本

下りコースなのでそんな大変じゃないかなぁと思ったのだけど、結構石が湿っていてすっごいすべるよ!状態だったのでとても大変だった。途中から足ガクガクでどうしたもんかと思った。カメラ持ってたし、独りだから事故ったらやだなーってかなり慎重に歩いたんだけど、それでも一回こけた。登りのほうが安全な気がする。

とても大変だったといっても、石畳がないころはひざまで泥につかるような悪路だったという話だから歩けるだけマシなのだなぁと思った。というかどこのが古いやつでどこのが神奈川県に改修されたやつなのかよくわからなかった。もともとも江戸時代からあるやつと、そのあと一回改修されたりとか、震災で崩れたりしているという話だからなにがなんだかわからない。

国道に出ないといけない場所が多くて残念な感じ。国道を結構歩くところもあって、車が怖い。すっごいすべるのと相俟って集中して歩けない感じだった。ついでに平日にしては観光客が多い。