町屋スタジオの井戸は使えるらしい。井戸いいなー 井戸萌えるなー と思いました

今だ他人に対して希望を持ちすぎだ。

どうやっても、リア充的性質を持つ人 (単にリア充とだけ書くと誤解をまねくので表現を変えた)、から逃れられない。彼ら、いつも他人のことを、安全な位置から攻撃している。一体そういう性質のどこに、好ましく思えるような要素があるのか全く解らない。無自覚に人を殺すようにならないようにしなければならない。そうならないためにどうすればいいか、恐しい。無自覚であるからには、自分がそうでないとは全くいい切れない。

思い通りになってよかったですね。

やる気のコントロールって高校のときからずっと考えてるけど全く解りませんね。彼ら他人のやる気のコントロールがとても上手いですね、失なわせる方向だけにですけれども。豚もおだてりゃ木に登る。豚になりたい。

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そういえば EF 35mm F2 を買った。いいですね。かなり寄れる。最短撮影距離が 25cm、レンズ長が 4cm ぐらいなので、ワーキングディスタンスは13cmぐらい。画角的にも 50mm よりちょっと広いねぐらいで、50mm感覚で撮っててもあんまり違和感ない。50mm はあと一歩寄って広角っぽくしたいときに寄れなかったりしてたので思ったより嬉しいかも

あと EF24mm F2.8 → EF100mm F2.8L MACRO IS USM っていきそうな気配かなぁ。一通り画角を集めたい気分。でも望遠の使い道が (ぼくの撮影対象だと) あんまりないかなぁと思ってなかなか買えない。使ってみたら違うのかもしれない。

  • 府立植物園
  • 上賀茂神社
  • 下鴨神社

でかける予定はなかったけれど、家にいても仕方ないというか寒くて嫌だったので外出。なんとなく 50mm F1.8 だけを持って撮影してきた。AF がどうも合わないので基本的にずっと MF で撮った。開放でもちゃんとシャープですごいなぁと思った。

日常に化粧をする?みたいな表現をきいて、ははーと思った。そういう感じ、いいですね……

和装の結婚式いいなぁほんと

  • 東福寺
  • 伏見稲荷大社

東福寺、あまりの人の多さにびっくりしたので、中には入らなかった。ほんと、人多すぎだったので、下手に東福寺とかいくよりも、下鴨神社とか、上賀茂神社とかを巡ったほうが落ちついていていい気がした。実際、前の日に、今宮神社にいったら人が多くない割にさりげない紅葉があって美しかった。そういうものなんだろう。

伏見稲荷も同じように人が多かった。人が少ないほうに逃げていったら今までいったことがなかったところに行けたので、これはこれで良かった。

おれが神絵師だったら撮った写真に足りないものを加えますね……と思ったけど、そもそも神絵師なら全部描けばいいのであった……

高校のときに自分を想定して、その時の自分の「どうしたらよいか?」という疑問に答えられるようになりたいものですね。全くなれる気がしません。

最近外で音楽聴くとき BURGER NUDS ばっかりだけど、ほんと彼ら色褪せないなぁ。

やばい。まじでアトリが楽しみすぎるなぁ。果て青のフルボイス版が思ったよりもとてもよかった (声ついても微妙じゃないか? と割と疑ってた) し、改めてストーリーを読みかえすと文乃さんが記憶にあるより三倍ぐらい可愛かった。記憶ってのは美化されるものなので、記憶より良いってのはなんか心境の変化がおれにあったんだろうな…… (りのさんが声をあててたのもいち要因ではあるだろうけれど)

こっちに書こうとしたけどあまりにアレなので某グループに書いた…… グループは便利ですね……

文乃さん、ときおり厳しいことを言うけれども、そういったことも全て、優しさによっており、相手のことを考えての上で、必要なことを、必要なだけやるという感じなのだ。それがとても心地いいし、愛を感じるのだ。

他人のためにならない「優しさ」なんかを見せて、自分の印象を良くするようなことはしない。他人のために心を使って、なおかつそれを自分自身では「自分のためだ」といえる心の強さが良いのだ。あるいはあのように、相手に必要な優しさ、そうではないものを理解できるのは、孤独を知ってのことだろうと想像できるから良いのだ。

孤独を靭く想像力を高めた人としての、凛とした美しさが、心の底から素敵だと思わせる力になっているのだ。

いやおかしいし、、この日記のターゲットユーザはオレなんだから気にする必要ないし……

要約すると文乃さんの孤独の靭さを越えたいなと思ったということです。

想像力と孤独があると誰よりも優しくなれるのだろうということを極めて完璧にストーリーで表現している。