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5/2 は横浜→浜松町→芝大神宮→東京タワー→愛宕神社→烏森神社→新宿→新宿タワレコ
芝大神宮はいかにも都会の神社という感じだった。本殿が木造ではなく (正確ではないかもしれない、すくなくとも外側からは木造部分は見えない)、鎮守の森もなく、近くにビルが立っている。結構でかい神明鳥居がある。言葉が書かれた板が賽銭箱の上に書いてあるのが印象的だった。あんまり長く滞在しなかった。
東京タワーは大変人が一杯いた。
愛宕神社は雰囲気が良かった。京都の愛宕神社と同じ意味みたいだ。神明造りに見えた。
烏森神社はなにやらよくわからない神社だった。いわゆる鳥居っぽい鳥居はなく、本殿も奇抜なコンクリ建築だった。
新宿タワレコで予定を果たして marble の CD を買った。
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5/1 は神代植物公園・國領神社へ。國領神社は藤の花が大変綺麗だった。植物公園は思いのほか人がいなかったが、國領神社は思いのほか人がいた。
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自分の頭の中には「死ぬ前にやること」が積まれたスタックがあり、死のうと考えたときは pop するようになっています。スタックの一番下には自殺が入っており、スタックの上にいくほど簡単にできることになっております。これにより「あとはもう死ぬしかない」という状況になるまでにすることが整理され、「まあどうせ死ぬなら、まず一個上のをやってみるか」という感じになるわけです。
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自分が幸せにならんことしても仕方ない。git のように生きよう。うんこぶりぶり
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僕は体内にモチベーションを創造する器官がないか、ないし殆ど活動をしやがらないので、たまにどっかからきたモチベーションを刈り盗られると何もできません
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土曜日は京都御苑、上賀茂神社、大田神社、今宮大社にいって、ユニクロで適当なジャケットを買って帰った。大田神社はすごく雰囲気がいい神社なのだけれど、あんまり立ち寄ってない気がする。
日曜日は自転車で日向大神宮にいってから、電車で長岡天満宮へ。日向大神宮、しばらく行っていなかった。結構精神的に遠いというか、坂がキツいのでなかなか足が向かない。しばらくぶりに行ったら、日向大神宮の外宮には天之御中主神が奉らていることに気付いた。天之御中主神は重要な位置づけではあるのに奉られることがあんまりないらしいので珍しいかもしれない。
長岡天神は人がいっぱいいた。
木嶋坐天照御魂神社も天之御中主神が主祭神だった。神社名からして天照大神だと思ってた……
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生活に溢れているのだから、それを伝えなくてはならない
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人間ほんと嫌いだなあとつくづく思いました
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人間とのコミュニケーションは「貴重だ!」と思える程度の頻度でいい、それ以上は過剰
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自然の緑はディスプレイで表現できないんだから写真撮る前に記憶に焼き付けろや貴様
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趣味は散歩なんです (ひきこもっていたときは夜になると散歩していた)
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本当に、外に向いている人間って嫌だなあ。歩いていて、風景に在る人々っていうのは美しいのに、どうしてこう同じように呼ばれているモノが、ああも見えかたが変わるのか。
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ちょっと思いついたことがあるけれども、書けない。少々思い違いをしていたことあった。生活と孤独が重要なのであって、他人の役に立つとか立たないとかなんてどうでもいいことだ。
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集中して散歩しているといろいろ整理がついて面白い。散歩で四季を感じて、木がどうなったか、花がどうなったか、景色の変化、風がどうなったか、温度がどうなったか、体感の変化をしっかり。新緑のつややかな感じ、鮮かな色、肺に吸いこまれる空気の、土、水の匂い。ただ公園を散歩するだけだ。
整理、自然の生活に立ち還って、また、普段のいろいろなことに目を向けなおすと、大抵が本当にどうでもいいことだ。それでどうなった? それでどうなった? たぶん、たくさんの人が同じようなことを思っている、一方、たくさんの人が忘れている。とはいえ、たくさんの人とか、どうでもいい。
それで誰が幸せになったんだ?































