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TODO
- ハードディスクを買う
- 靴下買う (なんでなくなるんだろう?)
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最近ジェーン・エアという小説を図書館で借りてゆっくりながらも読んでいて、久しぶりに読書の楽しみを思い出している。全体的に静かに話が進んでいくのが好みだし、主人公が現代的で (現代から見ても) 先進的な性格をしていることに好感が持てるし、節々で非常に気持ちの良い人間がでてきて面白い。
──けれどもわたしは、この世には、もっと別な存在、もっといきいきとしたよさがあることを信じ、わたしの信じたものを見届けたいと思った。
誰がわたしをとがめるであろうか? 疑いもなく多くの人々がとがめることであろう。わたしは不平家と呼ばれるであろう。けれどもわたしは、どうしようもなかった。わたしの性質には、じっと落着いていられぬものがあった。ときおり、それがわたしを騒がし、苦しませた。そんなとき、唯一の救いは、三階の廊下を歩きまわって、そこの沈黙と寂寥に包まれ、眼前に浮ぶかがやかしい幻想に心の目を注ぐことであった
『ジェーン・エア (上)』C・ブロンテ 大久保康雄訳
まだ上巻の半分ほどしか読んでないけど、上記引用部分がなんとも響いて感動した。現代ではもう少しこの主人公は生きやすいだろうし、ないしコミュニティによっては歓迎されるだろうけど、160年前はそうもいかなかったのが強く感じられる。といっても、160年経っても、やはり「とがめる」人々は生き残っていることを感じ、なんとも不思議な気持ちになる。
訳も変な感じがしないし、気持ちよく読めるので良い。頑張って最後まで読もう。
ジェーン・エア(上) (新潮文庫) cho45
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写真関係で得た知識やら技術とかもできるだけ明文化していきたいが (表現そのものとは独立しているし)、とはいえ、どう書いていいかよくわからない。
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いくつかやりようはあると思っていて、例えば、一切の主観を省いて、客観的な組写真で周りの詳細にすることで、あるモノの輪郭を写しだすっていうのは、なんか現代的な人らがよくやっている (文学ではもっと昔からあるけど) し、面白くないとは思わないけど、あんまり自分でやろうとは思わなくて (たぶん、キャッチーさがないからだ)、ちゃんと眺めることができつつ、詳細なものがやりたいという感じがする。
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必要にかられて、会社 PC を Leopard から Snow Leopard にアップグレードして、だいたい上手く動いてそうだなあと思ったやさき、いろいろおかしくなっていることに気付き、結局自力で入れた全てのライブラリやプログラムを入れなおすハメになり、死にたくなるほど時間がかかっている……
MacPorts だと全力で全部入れなおしになってしまうので sudo rm -rf /opt/local して MacPorts を消しさり、homebrew でセットアップしなおしている。perl も、今までは MacPorts のを使っていたけどやめて、perlbrew で 5.8.8 (アプリサーバとバージョンをあわせて) を導入することにした。
CPAN 祭がつらい……
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久しぶりに 50mm F1.4 を使って撮ったりした。開放でとるとかなり甘いうえに周辺減光が激しいので、流行りの instagram っぽい感じになる。F5.6 ぐらいまで絞るとシャープになるので面白い。
50mm の感覚を忘れていて、100mm にすると落ち着くようになってしまった。
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- 余白はなおした
- 記事一覧ページも微妙ながらあてた
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本文の背景が真っ黒だとなんか気取ってる感ある……
#000 -> #111
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とりあえずデザイン変えた。各所で余白が乱れているのが気持ち悪いし、本文の細かいスタイルをあててないけれど、あとでなおそう…… とりあえず出さないと不安になる。
変えると自分が一番慣れない。
結局前つくったやつはかなり捨ててしまって、960px 幅をベースに 1024px の環境で作りなおしたのだけど、途中でいろいろ問題が起きて (シンプルヘッダじゃないと実現できないことに気付いて差し替えたりとか)、面倒になってしまった。ダメだこりゃ……
あと思いつきでコメント系を消した (普通のコメントもスタコメも)。なのでスターによるアクションしかページ上でできなくなった。別に困らないだろう。
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人に見せている感が強くなったのが良くない感じがする。なんでそう感じるんだろう……
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ファーストビューに最初のエントリが見えるのはやっぱいいですね。便利。
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- 記事一覧のページのスタイル全くあててなくてひどい
- ヘッダとかの余白なおす
- 引用とアマゾンのスタイルを書く


















