2007年9月22日に見た夢にでてきた女の子、まだまだリアリティを保ってる……

地域性や、学校や、リアルな繋りというの、インターネットでようやくそれらを取っ払って、マトモな他者を探せるようになったのに、昨今全く逆行していて残念限りない。このまますすめば、結局、中学・高校・大学と居場所を失う人達は、世界の広さと可能性を簡単に知る方法をも失う。

どんな人間でも昔のことをは忘れていってしまう。学生のときに強烈な疎外感を味わったとしても、時間が解決して、あるいは世間に認められると、そんな気持ちは失われるのだろう。

地域性や、学校や、そういった物理的な繋りをバインドさせるサービスはみんな潰れろ

インターネットによって、不特定多数と繋りが持てるようになることで、小さなコミュニティにおけるちっぽけな疎外感を、正しくちっぽけだと認識し、まともな人間と思える人とも出会えるんだ、って確かな希望を持てて欲しい。

ひたすら攻撃に耐える一日であった

特定のことにロックがかかって外せない感じになった。こうなると、大きな環境の変化が必要になってくる。他に外しかたを知らない。

それぐらい我慢しろというなら絶対に逃げるつもりでいる。我慢して好転したことなんて一度もないからだ。

休み中良かったことを書くと

  • 杏子の花が咲いていて綺麗だった。桜に似た可愛い花 (ガクが反ってるかで判断するらしい…)
  • 梅が満開なので深呼吸するとあの独特の甘い香がして非常に落ち着く気持ちになれた
  • 新しいヘッドフォンを買った
  • 新しいカバンを買った (前のが壊れたからだけど…)

まどか☆マギカで好きなのがこの二人でございます。

さやかは非常に俗っぽくかつ単純で現世にもよくいるタイプというか他人とは思えない感じで好きです。完全にあれ、社会システムに飲み込まれていく普通の人の立場なので、見てるとしんどいし、同族嫌悪的な気持ちになるんですが、なんとか、最初の純真なままでいて欲しいと思ってしまいます。特にあの、自分が守っているものは守る価値があるものだろうか(いや、ない)、から始まる発狂までの道は見てらんないので、録画繰替えし見るときは飛ばしてしまう…… さやかについてはいろいろ長々と書けるけど余白が足りない。

ほむらちゃんは例によって強い意志とたった一人救うという目的を持っているところと、それに加え、今のところの物語中、最も成長が描かれているので好きです。

さやかがほむらちゃんにもっと優しいとホントいいんですけどね……

「こんなお料理、ちっともおいしくございません。なんにもないので、私の窮余の一策なんですよ」と、私は、ありのまま事実を、言ったつもりなのに、今井田さん御夫婦は、窮余の一策とは、うまいことをおっしゃる、と手を拍たんばかりに笑い興じるのである。私は、口惜しくて、お箸とお茶碗ほおり出して、大声あげて泣こうかしらと思った。

太宰治 女生徒

有能感味わいたい (これは自分の中から沸いてくるものであって、他人との関係性の中にはない)

私たちは、決して刹那主義ではないけれども、あんまり遠くの山を指さして、あそこまで行けば見はらしがいい、と、それは、きっとその通りで、みじんも嘘のないことは、わかっているのだけれど、現在こんな烈しい腹痛を起しているのに、その腹痛に対しては、見て見ぬふりをして、ただ、さあさあ、もう少しのがまんだ、あの山の山頂まで行けば、しめたものだ、とただ、そのことばかり教えている。

太宰治 女生徒

先日は写真撮るときに、不穏な感じにならないようにレンズ選んだり撮りかた変えたり現像パラメータを変えたりしたけど、普段全くそういうの撮らないので、こんな感じが限界です。

本人によらない情報の制限というのは全く良くないし、やだなあと思うのだけれど、自力での情報処理が追い付いてないときは、どうすればいいのかなあ。

たぶんこれ子供が風邪ひいたときの感情なんだろうな (僕は子供いないので本当にそうかは知りませんが)

社会的な不安がはびこると、能天気に振る舞うことを期待されるロールをアサインされて、慣れないギャップに苦しむので、さっさとなんとかなると個人的にも嬉しいです。

そういや、平常時アサインされて一番困るのは優等生ロールですけど、これほんとタチ悪くて、あらゆる行動のコストがあがる上に、逃げ出す以外に解除する方法がない。