僕が誰かに殺されそうになるように、僕も誰かを殺そうとしているのかもしれない。

コミュニケーションって、同期的であればあるほど、物理的に近ければ近いほど強くなる。インパクト、速効性。でもそれは、強ければいいわけじゃないと思う。バランス。

電話、メールは、コミュニケーションの相手を (仕事とかじゃなければ) そこそこ選ぶことができる。IRC は、人と、話題までも、選ぶことができる。でもこういうのはやっぱり、対面の力より弱い。でも、対面は、選ぶことが難しい。

僕は、最終的には、必ず対面のコミュニケーションがあるべきだと思っていて、でも、それは選べるべきだと思う。インターネットとかで、出会って、例えば技術者同士ならば、カンファレンスとか勉強会で対面で話すことができる機会があって、それはある程度枠組みとしてできているけど、もっと広い範囲で、そういうのが適用できたらいいと思う。

例えば、本名をあかさない日記っていうのでも、長く書いていると、積み重ねによる信頼と責任が生まれるから、それを担保にして、会うことへの不信感を減らすことができると思う。というか逆に、僕の場合だと、日記書いてない人とは、不安なので会いたいと思えないことが多い。「本名」っていうのは、そんなに重要じゃなくて、大切なのは、積み重ねだと思うので、ハンドルだったり、URL だったりに、そういう積み重ねがあるなら、別に本名じゃなくていいと思う。

いや実際には、日記じゃなくても、5年ぐらいじわじわと、人となりがわかるようなチャットでも続けていれば、普通に会っても違和感とか、不安感とかは感じない。ネトゲのオフとか、長い付き合いの人とはそんなに驚きがなくて、普通の友達って感じだ。

とにかく、もっと、ネットは、物理的なものの延長なのだから、対面の接触を、安心してできるような方法を、うまく作る必要があると思う。