〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法 - 夏苅 郁子小池 梨花野村 総一郎David D. Burns佐藤 美奈子林 建郎

夏苅 郁子小池 梨花野村 総一郎David D. Burns佐藤 美奈子林 建郎

3.0 / 5.0

読んでて、実際実践しないとだめなそうな感じだけど、結局役に立たない気がする。

第七章を読んでて、じゃあタバコ臭いやつに対して怒りが出ないようにできるか?っていうと、全然解決方法が見えてこない。

  • 「タバコなんて誰もが吸うべきではない」
    • ↑ 反論:人の勝手
  • 「路上喫煙はもはや禁止されてる」
    • ↑ 反論:?
  • 「タバコを吸うやつはゴミクズ」
    • ↑ 反論:そうとは限らない
  • 「タバコを吸うやつのドヤ顔に嘔吐がでる」
    • ↑ 反論:誰もがドヤ顔ではない

こんなことしても意味があるように思えない。公正さが相対的だなんてあたりまえすぎる。

生理的に受け付けることができず、逃がれることもできないことに対しての対処法が示されていないように思う。それに対して「認知の方法を変えろ」っていうのはすなわち我慢しろってことと一緒だ。結局我慢するしかないってこと。怒らないで、諦めろってだけ。どうしようもないから、単に諦めて我慢しろ、としか言っていない。「なんであんなゴミクズ共がドヤ顔で路上喫煙してるのに、何も悪くない自分が我慢しなくてはいけないんだ?」とは考えてはいけない。単に我慢して通りすぎろってだけ。どうしようもない。何の救いもない。思考を停止しろってこと。こんなのなら、ツールとしての神様というのを考えると「あいつらには天罰が下るから放っておこう」と考えたほうが、精神のコントロール方法として惨めにならないぶんまだマシだと思う。

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