もっとシンプルにならないといけない。くだらないことが多すぎて、本質 (曖昧な言葉だけれど) が見えなくなってはいけない。

考えていることを全て言うべきではないけれど、思っていることはできるだけ言うべきだとも思う。どちらが正しいのか、未だによくわからないが、本当にくだらないことはくだらないと言うべきだ。そうしなければ一向に何もよくならない。くだらないことをまた誰かが繰り返す。

余計な話は時間の無駄だ。これもまた。

テキストにまとまっていれば30分ですむことを、それの倍以上もかけてやる意味はない。独学可能なことを学校でやる意味はない。そういうものは、必要なときに必要なだけ独りで、誰にも迷惑をかけずやればいい。

学校の先生ってなんであんな偉そうなんだろ。確かに偉いのはわかるけどさ、なんか雰囲気おかしい気がする。よくわかんないけど。なんかだんだん耐えられなくなってくる。「単位とらないといけない」感もすごく嫌だ。


UNIX オペレーティングシステムとかいう講義をあきらめることにする。どうしても評価方法とか、先生の挙動が受け付けない。


ネットワークプロトコルという講義もあきらめたいけど、こっちは確か必須なのであきらめられない。まさに「単位とらなきゃいけない」というアレ。

なんかコンピュータの扱いに学生よりも慣れていない人のように見える。環境がいつもと違うんだろうか。それにしてもビデオ再生ぐらいで何分も悩んだりしないと思うんだけど……


学校のいろんなところが気に入らない。低レベルなところだと外歩いてるとどこでもタバコ臭いとか (タバコ吸ってる俺ってばちょいワルでかっこよくね臭がするよ><) も。

学校っていう場は嫌いじゃないんだけど、中で動いてるものが気持ち悪い。


もっと余裕も持てたらいいんだけどなぁ。「お前必死だなっっw」とか言われてもその通りですとしか言いようがありません。

少し前にちょっと書いた話の続き?

頭で考えている自分の意見とかって、少しずつ変わっていくものだから、バージョン管理したいなぁと思う。日記みたいに一次元でずっと書いていく形だと、意見が変わっときは「意見がここで変わりました」という日記を書かないといけない。いつ自分がそれについて言及したかを覚えていないと、だんだん日記全体の統一性が失われてしまう。「あれ? ちょっと前のこの話と矛盾してね?」みたいなのがでてきてしまう。

そんで今度は「前こういったから、今こう言うのはいけない気がする」とかなって考えが固着していく。よくない。

バージョン管理システムで自分の意見にバージョンをつけながら、更新していったら、そういうのが解決するかもしれない。「この時点の自分は確かにそう考えていたけど、今の自分とは違う」というのが明確になる気がする。バージョンごとに自分が輪切りになっていくイメージ。

でも実際やろうと思うといい運用方法がうかばない。ファイル名は何になるのか。どのタイミングでコミットするのか。意見って明確に分けられるものではないから、いくつかのファイルに意見が分散してしまう。ファイルの名前は何になるんだろうとか。

なんかいい方法ないかなぁ。