なんか ntp の設定してたら年が明けてた。iptables の設定わからない。別に普通の日だなぁ。当たり前か。
今年は
- 50mm で納得いく写真がとれるようになりたい
- Ruby 極めたい
- Perl の型グロブをしっかり理解したい
- Haskell やる気になりたい
- unlambda をとりあえず極めたい
- 可愛い女の子と新世界に旅立つ。
最後のがもちろん最もプライオリティが高いものであるが、実現可能性が著しく低いので、まず先に時間移動の方法を見つけたい。
なんか ntp の設定してたら年が明けてた。iptables の設定わからない。別に普通の日だなぁ。当たり前か。
今年は
最後のがもちろん最もプライオリティが高いものであるが、実現可能性が著しく低いので、まず先に時間移動の方法を見つけたい。
あー日記を最初から読み直してメモしてたけど、途中で Fx 固まって消えたのでもういいや。でも年に一度ぐらいは日記を読み直したほうが絶対いいなぁと思った。こんなことあったのか、とか気付いたり、あれって今年のできごとだったんだ、と気付いたり面白い。
現在位置の確認をするのに、過去の日記はたいへんつかえるのかもしれないなぁと思いました。
今年は前年にも増していろいろなことがあり、いろいろな人のお世話になりました。おかげさまで二年ぐらいたったように感じられます。ありがとうございます。
だんだん書ける事が少なくなっていくのが不安ですが、できるだけ何も考えないで書いていけるようにするために緩やかな変化をつけていこうと思います。
なんか GUI のクライアント使うのさえ面倒くさくなってきてミラーリングツールを使って更新することにした。
#!/usr/bin/ruby
require 'optparse'
require 'pathname'
require 'open-uri'
ROOT = '/srv/www/virtual/userid/public_html'
SERV = '/virtual/userid/public_html'
HOST = 's63.xrea.com'
USER = 'userid'
PASS = 'hogehoge'
open("http://www.#{HOST}/jp/admin.xcg?id=#{USER}&pass=#{PASS}&telnet=t") do |f|
data = f.read
ip = data[/NAME="remote_host" VALUE="([¥d.]+)"/, 1]
raise "can't get IP" unless ip
open("http://www.#{HOST}/jp/admin.xcg?id=#{USER}&pass=#{PASS}&remote_host=#{ip}&ssh2=SSH%93o%98%5E") do |f|
end
end
host = nil
dry = false
OptionParser.new do |opts|
opts.on('-n', '--dry-run') { dry = true }
opts.parse!
host = ARGV[0]
unless host
puts opts
exit 1
end
end
def sync(host, dry=false)
dir = Pathname.new(ROOT) + host
raise "#{host} is not exists." unless dir.exist?
system(<<-EOC.gsub(/^¥t+/, ''))
rsync #{dry ? '--dry-run' : ''} -vptr #{dir}/ #{USER}@#{HOST}:#{SERV}/#{host}
EOC
end
unless sync(host, dry)
puts "rsync failed. retry after 5min."
(5 * 60).downto(0) do |i|
print i, "¥r"
$stdout.flush
sleep 1
end
sync(host, dry)
end
こんなスクリプト書いて実行させてる。ホストごとに rsync できるようにしてる。
最初は lftp でやってたのだけど、こいつはなぜかファイルサイズを見るらしく困ったうえに、ファイルリストとるのが劇遅くてやる気がなくなるので結局 rsync にした。ssh 登録がめんどいけどそれも自動化した。
キーボードの U.S. Extended を選ぶと、Alt-6 (サーカムフレックス) Alt-b (ブリーブ) が入力できるようになるみたいだ。あとは続けて c, g, h, j, s / u をうてばいい。
Wikipedia の Esperanto の項に書いてあった
sonĝi (うたう不定形)
しかし全然語彙を覚えてない件
こう定期的にモニタの色を気にしたりして、結局デフォルトに戻したりを繰り替えているけれど、何にあわせればいいのかわからない。
今日はなんとなく NVIDIA Contorol Panel からのキャリブレーションを実行してみた(マルチモニタの接続先を変えたので)のだけど、かなり今まで見てた色と違って怖い(ホントに恐ろしさを感じる)
ウェブ関連の画像を作るときは、むしろ積極的にキャリブレーションすべきじゃない気がするけど(世の中の人の殆どはキャリブレーションをしないし、そして安い液晶を使っている)、そういう考えも相まってどこにあわせるか悩む。
そしてついでに MacBook のキャリブレーションもしてみたけど、結構青い方向に補正された。うううううん。
うーん。結局入力/出力であってればいいんだから自分の使う範囲で色があってればいいんだよなぁ……
ウェブの画像作る時ってどうすればいいんだ。
あと疑うべきが多すぎる。モニタ自体(ハードウェア)、モニタプロファイル、モニタの設定、OS のドライバ設定、自分の眼。
YP-C1 ってもう売ってないんだなぁ。
単三1本で動くプレイヤーがなくなると困る。iriver が一つシリーズ出してるけど、いつなくなるかわからない……
単三1本で動くプレイヤーだと充電池3本で(1本ごとに充電できる充電器なら2本) 回せるからいいんだけどなぁ。電池きれてもカバンの中に常に予備を入れておける。
ドックみたいな感じだと充電忘れまくる。携帯でさえ充電忘れてたまに家におきっぱだし……
だから iPod がどんだけ売れてても論外というか、再生時間短すぎというか iTunes に依存してるのが気に食わないというか iTunes インストールするとき勝手に関連づけ変更されるのが気に食わないので Windows には iTunes 入れてないとうか、だからといって fb2k から iPod プラグインを使うというのはなかなか不安なのでやりたくないしというか、いやだから電池がアレじゃ……
GreasemonkeyスクリプティングTIPS&SAMPLES をいただきました。ありがとうございます。ホントは貰えるとは思ってなかった (メールに気付かなかった) のですが、いろいろあって貰えました。
Greasemonkey の API を使おうと思うたびに authoring.html を開いていたので (GM_xmlhttpRequest はコピペ)、さりげなく API リファレンスが便利かも。
一旦流して読んでみたので、コンピュータ見るのに疲れたときに布団の中で読もうと思います。
このサイトで公開された 2006 年分の user.js は http://lowreal.net/2006/?D=A にあります。Javascript なやつをてきとうにさがしてください(てきとう)。自分がもう使ってないやつは動かないかも。
そういえば $X のまともな説明ページって書いてないっぽい感じすね。あの日記のセクション読んでも意味わかんなそうだ。
ろんりてきじゃない。タイプしながら考える。
努力がどうとか、ホントにずっと考えているけど、恐らく誰かが望むであろう「良い」答えはでてない。ただ、絶対にしたくない努力についての考え方みたいなのはあったりする。
自分でその最上級にくだらなくて、つまらなくて、つらい「努力」とやらを望んでやっているのに、「俺はつらい努力をしているから偉い」みたいな考え方をするのはさけたい。意識的/無意識的に関わらず、さけたい。だから時々自分をチェックする必要がある。
人間が生きていることになんて、なんの意味も、価値もない。意味も価値も、見いだしているのは人間/自分そのものだ。だから、「つらい」ことをやっている自分、というのは、自分がそれを望んだからそれをやっているに過ぎないと思う。いくらでも、楽しい方向に考えることはできるはずだ。でもそれは殆どの場合うまくいかない。ちょっと「つらい」ことをしたあとに楽しいことをしたほうが、より楽しいことを知っているからだ。でもって人によって、この「つらい」ことをするのと「楽しい」ことをするのとのバランスが違う。殆どずっと楽しい人もいるし、殆どずっと辛い人もいる。
そしてそのバランスは一度決まってしまうと(たぶん小学生か中学生ぐらいのときに決まる)、変化しにくい。辛い環境に慣れてしまうと、楽しいことが楽しんだ後、その楽しいことのせいでバランスが崩れ、今より辛いことになる想像をしてしまう。楽しい環境に慣れてしまうと、辛い環境の覗き込んだ時、その深さに耐えきれず現実逃避してまで楽しいことをしようとする。(というか、無意識的であれ意識的であれ、「隣の芝生は青い」ことを直感しているので、そうそうそのバランスを変えて情緒不安定になるリスクをおかしてまで、変化させるメリットがない。どうせ変えても、その状況もまた、その視点では辛い)
具体的な話をすると、自分は今学校がクソつまらなくて、授業にでなきゃいけないのにでてない。授業にでるのがすごく嫌で、自分にとって「努力」を必要とすることなんだけど、たぶんこれって、解らない人には絶対わからない。いやわからないほうがいいんだけど……それで、そんな状況で「努力」して卒業したからって、自分はそのことを偉いとは思いたくない(でも実際には思いそうなので嫌だ)。明らかにそんなくだらない、実にならない「努力」をするより、楽しく学問をできる人がそれをやったほうがいい。
実際もっとモチベーションに溢れていれば、学問の勉強ではなく、実務あるいは芸術的なことを深く追いつめることで、学校をやめる道(ないし休学)もあるだろうと思う。でも自分はそれをしてない。その程度の雑魚であるから、この中途半端な状況にいる。でも自分はそれを必死で変えたりもする気がないようだ。つまり今の状況は今の状況でそこそこ満足しているらしい。発展性がないやつだ。
ただし、状況は常に変化するし、親は死ぬし、金はなくなるので、次の状況に対応するバランスを見つけておかないといけないとは思ってる。どこに、今の自分が納得して、かつ未来の自分が安定するバランスがあるのか。
でもだいたいどっちにしろ、「辛いふり」をしたり「楽しいふり」をしなければならない。くだらない人間ごっこをしなければならない。みんな楽しいことをしていればいいのにも関わらず、「みんな楽しいこと」をしている状況になるためには、既にみんなが楽しくなければいけない。誰か一人が壊れていると、それが人間ごっこをはじめるせいで周りが巻き込まれる。誰がこのクソマゾゲーを始めたか知らないけど、だいたい今生きている人は巻き込まれてるだけだ。しかも連鎖的に確実に悪化していくので、救いようがなく、そのうち必ず終わってしまう。
と今は考えてる。でもって、しかし自分はこの人間ごっこをやめて、幸せになりたいので、抜け道を探している。今のところ人間ごっこをやめる方法は一つしか思いついてない。
引っ越したので案内状が今住んでいるところからしかこない。一応不安なので調べてみた。
以前住んでいたのは川崎市。
とりあえず「成人式 他の市」でぐぐると、FAQ みたいなのがでてくる。しかし別の市のもの。川崎市にも FAQ みたいなのがあるのかな、と思い「川崎市 成人式」でぐぐる。
川崎市 FAQ 成人式について知りたい。というのがでてくるけどここには書いてない。
「関連するホームページ」というのがあるので見てみると成人式概要 があり、
Q3:川崎市内に住民登録していないが、川崎市の式典に参加したい。
A:案内状がなくても参加できます。身分証明証等の提示も必要ありません。
案内状がない方の入口がありますので、そちらから入場してお名前を記入してください。
と書いてあった。普通に入れるようだ。
吉永さん家のガーゴイル 11 を読んだ。
もう11巻目なのか!とか思いつつ、しかし10までの内容をあんまり覚えてなかったりする。もう安定した話になってて大枠でストーリーが動いたりはしないみたいだ? 普通に面白い。
W-ZERO3 が流行っているおかげで mini-A USB コードが入手しやすくなってる。せっかくなので一本買ってみた。
キーボードを繋いでみたけど、何も設定しなくてもそのまま使える。ただし日本語配列。ドライバレベルで手を入れないと英語キーボードは使えるようにならないみたいだ。(ぐぐるといくつかでてくる)
そんなに使いたいわけじゃないので深追いしてない。
技術的なことを深く掘り下げるっていうより、考えていること (mala さんのアレとかはてな哲学とか) を聴けたのがよかった。
なんていうか、当たり前だけどレベルが違うなぁとか思った。途中で最近自分は何にもそういうこと考えてないなぁって気付いてヤバい。
Capistrano のシェルってすごいなぁっておもたけど、個人レベルじゃ使う機会がなくてうんぬん。
このサイトもそうだけど、たくさんのサイトは一番上にサイト名があって、次にナビゲーションがあって……みたいになってる。
でもこのサイト名とかナビゲーションって一番上になくてもいい気がする。サイト名って別にそのページのリソースとは直接関係ないし、サイト名がわかったからといって、読んでる人はそんなに得をしない気がする。ページのタイトルが一番上に来ている方がスマートなんじゃないかって、なんかさっき坂を上りながら考えた。
そろそろ古い CSS セットを捨てて HTML を書き直しつつ新しい CSS を書こうと思う。今のはごちゃごちゃしすぎている。
モチベーションって何かなぁ。モチベーションのスイッチが入っているときは、いつスイッチが切れてしまうんだろうって不安だし、切れているときはもう二度と入らないんじゃないかと不安だ。なんか不健康なもののようだ。いやでもスイッチが完全に入っていれば集中してるからいいのか。でも集中ってずっと続かないのが明らかというかご飯食べないと死ぬよね、みたいな。
ご飯食べたり、トイレいったりする時に、悪い方向にピンとくるとスイッチが切れてしまう。良い方向にピンとくるともっとスマートな実装を思いついたりする。プラスマイナスゼロ
追いつめられないとあらゆることにモチベーションが沸いてこない。ぎりぎりまで何もしない。正確には、スイッチがどうすれば入るのかを考えている。けど手を動かしていないので何もしていないのとおなじ。
モチベーションから行動。
自分が「とりあえずやってみるか」と思えるのはアンドゥが効くときだけみたいだ。全くリスクがないとき。
何かしらリスクがあることはそうはいかなくて、そのままでは全く行動までいかない。でもってここで「失敗したら死ねばいい」と考えているから、やっと行動ができる。失敗ケースの逃げ道は、もちろんそれ以外にも用意はするけど、結局ワーストケースで全く逃げ道がない場合でも、死ねばいいという逃げ道を確保できる。自分はこれはネガティブな考え方だとは思ってない。もしこれについてネガティブだなぁっていうなら、そいつは何もわかっちゃいないのだ、と思う。