白日が素敵だなぁ

ほんとムカツクなぁ。辛いことを我慢しないといけないっていう考えかたを広めたやつを殺したい。いつの時代の誰なんだ、と思うけど、たぶんみんなだから、皆殺しにしないといけないのだと思った。
だから、できるだけはやく太陽は爆発しないといけない。そうしないと誰も優しくなんてならない。

すっごいホントに何度でも言えるけど、勉強が死ぬほど嫌いだ。
というか、小学校にしても中学校にしても勉強しないでどうにかなってしまって (そのときは何故か優秀なほうだったのだ)、高校でも結局場所を間違えなければ殆ど何かを積極的に覚えるなんてしなかった。


レポートが書けないのは、レポートは自分の言葉で書かなければならないからだと思った。課題の趣旨を理解していなければならないし、そのことに関する正確な知識が必要だし、なおかつ気違いじみた教授にも理解できるように規定量を書かなければならない。

課題の趣旨を理解していないと (しかも趣旨がよくわからない課題なんていくらでもあるのだ)、レポートの受けとりを拒否される。

正確な知識がないと「こいつ間違えてるぜ笑える」と講義中にネチネチ言われる。

教授に理解できるように書かないとこれもまた講義中にネチネチ言われる。「学生として」不自然じゃない表現を使わないといけないし「レポートとして」適切な表現を使わないといけない。


しかも実はレポートを書くときに一番時間をかけるのは最後の表現の部分なんだ。知識の吸収でもなんでもなくて、「適切さ」と「自然さ」を考えている時間のほうがはるかに長い。ばかばかしい。

だからブログに学んだことを書く課題はそんなに苦ではない。自分の調子で書けるし、教授だけのために書くものではなくなるから、より「普通」のまま書ける。

プログラミングがまったくうまくいかないときに、気分転換に何かする、みたいなことがない。寝るぐらいだ。でも最近はそういうときになると寝るのがすごくもったいない気がしてしまう

今日よくかんがえてみたら、大学に入ってからずっとバイトのことばっかり考えていた。それはバイトの内容のことじゃなくて「バイトをする」ことについてだ。というかバイトというより「お金をかせぐこと」についてだ。

大学に入ると同時に「おこづかい期間」が終了して、バイトをせざるをえない状態になったし、しかも母親に「そろそろバイトぐらいしろ」という圧力をかけられていたので、考えざるをえなかった (俺はこの圧力に関してについて親にかなりムカついている。そんなこと言われなくなってわかってるし、わかっていてできなかったのだ。簡単にできるならやってることだ)。


最初のほうのバイトの電話は、募集広告に書いていないことで「はぁ?」みたいな口調で断られて、泣きたくなった。

ネット求人でコンピュータ系っぽいのをさがして応募したけど、広告と仕事内容があきらかに違っていたのでやらなかった。

こういうことって普通の人からしたら「あたりまえのこと」らしいけど、俺には耐えられないぐらい嫌だった。



二年次のときもバイトをフルタイムでやるにはどうすればいいかを考えていたし、今もそうだ。面接で何を言えばいいかを考えている。正直に話すと「何もできることがない」のだ。何を言えばいいっつうんだよ。


何が大学生だよって感じだ。大学に集中なんてできるわけがない。

四月なのにガラスの墓標がちょうどいい

完全に寝てて新宿で降りそこねそうだった。
総武線に乗って外を見てたら12時になってる時計があってあせった。

なんだかすごく酔ってしまった。
でも家に帰ってきてPCを開くとちゃんとパスワードは入力できるっていうのが、習慣はこわいなぁと思う瞬間でした (今すごくよってる)

というか酔っていると俺様実行エンジンが乗り換えとかを自動化するモードで動いてくれるのでいつも酔っているほうがいいのではないかと思いました。