ひさしぶりに歌詞見たら短くてうけた。これってなんかどっかの唄だとおもってたけど、ほんとに(謎)スカウトソングなのね。

どこに設定あるのかわかんなくて困る……デザインと記事の設定ってどういう基準で分割されてるんだろう……

二段にしてもカテゴリとか設定していないと、時刻だけになって殺風景だなぁ。上から読んでいくとき時刻が目線に入るのはちょっと思考を妨げる気がする。逆にカテゴリをちゃんと設定しているなら、どのカテゴリに属しているかが楽に目に入るようになってちょうどいい感じ。


一段

  1. カテゴリとタイトル読む (同列になってる)
  2. えっと、これがカテゴリだっけ……と脳内パーサーが走る
  3. 読むかどうか決める
  4. 本文読みはじめる

二段

  1. タイトル読んで内容を想像する
  2. カテゴリで補完する
  3. 読むかどうか決める
  4. 本文読みはじめる

その場編集は便利なんだけど、RET がきかなくて入力するのがめんどうくさい。Shift-RET なら効く。うちだけなんかなぁ。

Fx 再起動したら RET 効くようになった。
セクションタイトルのスタイルを変えてみた。ここの日記は本文みじかいからあんまこういうブログっぽいのは向かないな

  1. トップ
  2. test
  3. カテゴリテスト

そうだなぁ……たかがスクリプト言語ちょろっと書けるぐらいじゃプログラミングできるなんて言わないよなぁ。やだなぁ……やっぱり生きていける気が全くしない。でもやっててつまんない言語なんてやりたくないしなぁ。時期がくるのかな。でも時期があわなかったら、やっぱり、就職先なんてないし、どうしたって、おれの頭じゃだめなことがある。

KOSS UR/40 と AKG-271s は万能選手だなぁ。

また徹夜

関係ないうえに違うやつだけど「ニットのセーターのそのふくらみが」もなんか切なげに性的で好きだなぁ。

まだホームページ (ウェブサイト的な意味の) を家に比喩する人っているんだなぁ。しかもそういうのを記事にして「これからのウェブは」とか言ってしまえるのはすごい。

なんだかやっぱり、漠然とした不安がある。

が近い人とはうまがあいやすい。

昨日の夕方2時間寝たいがいずっと PC つかいっぱのせいか、左腕に違和感がある。腱鞘炎フラグ?
とりあえず冷やしてみた。というか寝ようよおれ……

なんか気が付いたら本編も何度か見直してた。いいよ! いいよ! 自由にやりな! 勝手にやりな!
なにが見所なのかよくわからないけど、たぶんたまちゃんなんだよね?

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  2. [あんこ入り☆パスタライス
  3. ]

おれはもう終わったことだからいいけど、もし子供ができたらなんとかしないといけない。陸上とかスキーとか飛び箱とかだけにすりゃいいのになぁ。チームプレー入れんなよ。


それにしても「そんなの気の持ちよう」とかいう人間のクズは今すぐ首つって死ねばいいのになぁ……だいたい体育教師もそういやつだから、さらに絶望的な感じになる。

なんていうんだろう。ここ最近そんな感じだったから、じゃあカーテン締めて暗いままだとずっと眠れないんだろうかと思ってしめっぱにしていたらやっぱ眠れない。

UNIQLO とニトリのちらしが、派手さと落ちついた感じのバランスと、情報量の多さと余白のバランスがなんかよくて、すげーって思った。
たまには折込チラシも見るべきだなぁ。

読んでると、感じるような気持ちが、作家によって違う。あたりまえなのかもしれないけど、結構不思議だ。作品によって、じゃなくて、作家によって違う。

っていうのを見るとなんかムカついて目を反らしてしまう。Ruby は勉強するものじゃない。そうなって欲しくないと思う。

JS とか C とか Java にはそういうの感じない。なんなんだろう。

結局ナチュラルに徹夜してしまった……眠いし寝たいけど眠れない……眠りにつこうとできない。

例えばスウィングガールズは冒頭でうえをやってのけるのですぐ泣ける。
例えば時かけは7:25と56:32あたりで二重にやるのですぐ泣けて最後のほうでも泣ける。

今日も仕事が全くすすまなかった。しんだほうがいい気がする。まだ

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最終話以外殆ど見てないけど、あのセリフは印象に残るなあ。

「おれ……はてなさんのこと……好きだ」
「え…………」

少し前夢で見た好きな娘も、時間が経てば顔や、雰囲気も忘れてしまうものだ。残るのは、明確に文字に起こせる所謂属性のようなものだ。かなしい。

おれは言語によって思考が制限されるとは考えていない。これは高校のときに結論を出してから変わっていない。結論を出したのは改装工事中の小田急成城学園前駅の改札 (当時は片方しか改札がなかった) を入り、階段を降りていく途中だった。

さらに言えば、このことは人間が想像できるもので創造できないものはないというのと繋り、最終的には、人間ごっこに繋る。僕らが生きているのは想像の世界であって、それに感覚がついてきている。感覚は想像によって創造されている。御互いの影響、関係は無意識下で機械的に行なわれる。ある意味ではプログラム済みだ。メモリエラー (突然変異) が起きないかぎり (パリティチェックとエラー訂正がついていたらそれも起きないだろう)、定められたアルゴリズムで伝播がされ、未来へ動いていく。しかしながらその次元での影響は僕らが感じている時間に因っているわけではない。僕らの時間もまた、僕らが想像し、感じとっている要素の一つであり、その無意識下の影響の進みとは違う。

僕らは僕らが想像する「人間像」によって制限されている。所詮ゲームにも関らず、昔に誰かが必死wwwになったせいで、まきこまれ、人間ごっこ (=人間であることを演じること) をせざるを得なくなった。しかも長い時間をかけてそれがあたりまえになり、現代の人々、すなわち僕らは人間ごっこをしていることに気付けず、やめる方法を忘れている。

僕らは今、どちらかと言えば感じている所謂「現実」ないし「物質」をより重要視している。けれどもちろんそれは本来間違いである。僕らが想像した「人間」なるものがそういう世界で生きるゲームをしているだけで、本来そういったものはそのゲームを制限する要素でしかないからだ。ゲームマスターはなんでもできてつまらないから、ある程度制限を設けてその中でゲームをしているわけだ。僕らがストーリーを考え、想像し、設定によって制限するとき、そこには僕らのような存在ができる。同じように、僕らはメタ世界の住人によって作りだされている (この表現は適切ではない、そのメタ世界の住人と僕らは同じ存在だからだ)。

君がこの文章を読むとして、読めるとするなら、この文章を書いて、ここでの「僕ら」を想像したものがどこかにいる。そして君がこの文章を読んだときに想像する「僕ら」がまた生まれ、君はメタ世界の住人として彼らに想像される。僕らは君と同じだが、他人の想像した僕らとは違う。

歌ってみた系とか好きだけどなぁ。ああいうのは嫌いな人ってニコニコで何見てるんだろ。

法律に疑問を抱かない人っていっぱいいるんだなぁ。現状の法律に疑問を持たなければ、良い方向への改善なんてするわけない。法によって罪が作られる国なのだから、罪人がたくさん出る法はおかしい。そこにひずみがある証しなのだから、そのもとを正さず表向きに法律だけ変えてもしかたない。罪人をつかまえまくってもしかたない。

議員は目の前の利益しか考えず、バカな法律を作って、法の信頼度を下げていってしまう。国民が「もう法律は信用できない」といって、法治国家が壊れていくのが一番怖い。今声がでかい古い人たちが勝つならば、考えているより早くそういう自体が起こるかもしれない。そういう人達がみんな死ぬのが先なのか、だめになるのが先なのか。