新しい使い道を発見した。なんかこれ女性ボーカルをがっつり聴きたいときいいっぽい asin:B000A4ZU9W

なんか無線電信やりたい気分だ。インターネットな時代に電波飛ばして海外と通信とかっていうのは、時代遅れな反面、今のインフラのヤバさを実感できるよなぁ。海外からのフィードバックがあったとしても、特に国内からとか隣の人からのと違わずに感じられるっていうのはものすごいことだもんなぁ。

それに電信だと、長い言葉が送れないっていうのが面白そうだ。

でも局免切れてるし、モールスの聴きとりが既に殆どできないからちょーたいへんなんだけどね!!!!

ぐぐってしまった。

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http://www.nicovideo.jp/thumb_watch/sm2495011
Line 108

元動画のタイトルにシングルクオートがついてると、それがエスケープされてなくて syntax error になる。

ちがうちがう。デバッグしたくて貼ったんじゃなくて、この動画見てたら「雪、無音、窓辺にて。」ってちょーいいじゃん>< って思ったのでした。っていうか二回目のサビの前がまじでかっこいい。この人の動画はほんと全部ニコニコ動画だなぁ。たのしい。

なおったみたいだ。

「生活にルールを」っていうのは、それ自体がルールになっていて、しかもルールを定義するための前提になっていてなんとなく、面白いと思った。再帰的で、かつメタなルール

確定申告書提出した

もっとはやく、簡単な送金システムが実現されるべきだよなぁ。なんかいい方法ないのかなぁ。

なんか絞りと被写界深度がシャッター切るまえにイメージにパチっと一致するようになってきた。50mm 限定だけどw

アイデアはもっと、日常的なものだなぁと感じる。アイデア、無限の中から拾いあげてくるもの、生活の中で、それはいつもまわりにあるけれど、気付くことが、難しい。写真もよく似てる。ゼロからではなくて、いつもまわりにあるものを敏感に感じとる、形にする。でもみんな同じだ。写真だけじゃない。

昼に少し散歩をする。面白いダイアリを書いている人がいまなにをしているかを想像する。想像で、確かに人間がいることを実感する。

プログラムを書くときには、単に自己表現をしているのではなく、コンパイラが理解できるように書くものです。「これはコンパイラが理解できるだろうか」と絶えず自問しながら書くわけです。同じことは人間が読む文章にも当てはまります。多くの人が読んで理解できるように書く必要があり、そのためにはどういう言い方をすべきかと考え、読者の目にどう見えるか想像する必要があります。どうしたら理解してもらえるかよく考えることです。

http://codezine.jp/a/article/aid/2292.aspx?p=2

またこのヒトカヨーって思って疑いながら (なんかあんまり好きじゃない) 読みはじめたらおもしろかった。

なんかすごい憤りを感じるというか、人間的にその発言ってどうなの、って感じだ……

なんかでるらしい。すごい楽しみだ!

たのしみがふえた。というか今年こそちゃんとライブに行きたい……