部屋が暗いほうが圧倒的に落ち着く。でも目が悪くなる。

なんとなくシャッタースピード30秒にハマってる。30秒はバルブ以外では最長ってだけで、数字自体に意味はない。

ミラーがあがってシャッターがあがってからの静けさと緊張感がすごくおもしろい。特に、自分を被写体にして、カメラのレンズをじっとみてみたりすると、禅な感じがする。

おれはキレやすい若者、ですよ。単にそういう状況が嫌で嫌でしかたなくて避けて避けて逃げまくっているから、ここ数年はそこまでいったことがないだけですよ。普段からタンクにごたごたが溜っていくんだよ。きっかけで壊れたりするだけだけど、そこでのきっかけは些細なことでいいんだよ。そういうのが理解できない人は、きっかけだけを見て「なんでそんなことで」って思うだろうね。テレビの報道とか見てると嫌な気分になることが多いよ。

マイリスト溢れたら古いのとかをはてダに書きだせばいいんだ

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まじでいい曲すぎるっっっ

MP3 プレイヤー欲しいけど、まだ一応、曲の入れ変えができないとはいえ、動いているのがあるので、買うのは贅沢な気がする。特別欲しいのもないし我慢しよう。お金ないし

病気になってから言え、みたいなマッチョなものを読んで、なんだかなぁ、と思った。すごく最低な臭いがする。

再帰を理解できない人を理解できない人がいるのと同じように、些細なコミュニケーションをうまくできないことに悩む人を理解できない人がいるのも別段変ではないですね。

再帰的な構造ってそこらじゅうにあるのに、どうやって生きてるんだろ、って感じですけど、コミュニケーションってそこらじゅうにあるのに、どうやって生きてるんだろ、と言いたいわけですよね。そうですね。不思議ですが生きていけますね。

自分っていう人間は、どんな撮りかたをしても訴えてくることはない。過去の自分は次の瞬間に死ぬ。これは自分ではない。でも継続してる。(30秒)

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色がつくと奇妙に見える。目ではありえないからなんだろう

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なにもかもどうだってよくなってしまう感じがする。でもどうせ寝て起きると、どうだっていいことに不安にならなければいけない。

がやってきた。単に休日がきただけな気もする。少女Q大好き

なくて七癖といいますので、先に最低七癖は探しておいてからコミュニケーションを始めたいと思うのです。

強烈なインパクトなんてほんといらない

他人撮るとあとでなんくせつけられて金を請求されるから、自分をとる。

ちょっとちがうんだと思うな。世の中には予想に反して、幸せになりたくない人ってのがいて (なりたいなりたくないの二元論じゃなくて、どっちに天秤がかたむいているかってだけだけど)、そういう人が他の足をひっぱって、向う側へと連れていく。だから、みんな幸せになりたいんだろ、って前提で世の中全体を良くしようとしてもまずうまくいかないと思う。個別にじっくり回復させないとだめだ。ゆっくりじっくりと、回復していくスキームが必要だ。

  • まだ目的地まで半分以上あるのに、寝過した!と思って席をたってしまうこと。
  • その後もう一度座ってから眠ると寝過すこと。

生の言葉で表現できないときこそ

帰ってくるとき桜がすごい勢いでちっていて、なんかの映画みたいだった。ここ数日は桜の狂気な感じについて考えてた。なんか綺麗だけど、「わぁ綺麗」って感じじゃなくて、もっと心に直接、ナマで綺麗な訴えかけをしてくる感じがする。

なんかおれ、ことごとくタイミングわるいな

演奏してみた、がランクインしてて見てしまった。あーほんとクロノクロスは神作品すぎる……

外をみまわして宇宙の全体を見ることはできないけれど、内をのぞけば、そこにはまさに宇宙の全てがある。

まじで導入されたらいいのになぁ…… 食いつなぐために、発展を阻害する人がいなくなれば、もっと急速に文化が発展していくと思う。最低限生活ができていないと、悩むことさえできない。

現状では、生きているだけで価値がある、とかいう主張は全くなんの慰めにもならない。どうにかして、ないものを無理矢理あると解釈して、ある意味で他人を、自分を騙しながら生きていく必要がある。そうしたくなくても。

でもこれ、道徳が崩れすぎてから導入すると失敗する。現状導入したとしたら、ちゃんと、バランスが保てるんだろうか。今はまだ保てると思うけれど、あと数世代後では手遅れなんじゃないだろうか。

id:TAKESAKO さんのお宅にお邪魔しました!

カードリーダを忘れないようにしよう……っておもって出掛けたらACアダプタを忘れて戻った…… (一駅すぎてから気付いた) おかげで時間に遅れてしまった。雨に降られてしまってほんとごめんなさいという感じだった。

傘をさしつつ、清澄庭園をぐるりとまわって写真を撮った。あんまり雨の中で撮りにいったりしないので、自分は結構たのしかった。

その後 takesako さんちにお邪魔して、トークしたりいろいろした。flickr の知られざる機能とか flickr にもごもごするとか、あと普段眼について考えていて気付いたことを再発見したりとか、いろいろわかった。yudai さんが現像してるところを後ろから覗いた。

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すごく、いろいろ書きたいことあるけど、なんも書けない。

ってフレーズがありがちだけどなんともいえない。

まともに階調でるモニタが一台もない

日記 (や個人的なブログ) をウェブに書かない人が怖くてしかたない。なんでだろうって今布団に入りながら考えていたけれど、そういう人たちとコミュニケーションをしているとき「個人的な日記なんてパブリックに書くもんじゃないよ。理解できないね。このクソが」みたいに思っているのではないか、という疑いが頭から離れないことに気付いた。案外そういう人は多い。

自分自身としては、他人の個人的な日記を読むことで (読み続けることで)、いろいろな視点に気付けて、それよりなにより、「こういう人もいるんだ」と思えることでいくぶん救われることがあった (ある)。それに、内側に向かっていることを、外側においておく、変な矛盾、そうしなければいけない孤独、みたいなのが好きだ。自分のものも、多少そういうことがあったらいいと思う。


読むことで、心が軽くなったりすることは、あるんだけど、そういう日記を書く人っていうのは、そんなに多くない。フィードリーダーとかで、大量にそうしたものの候補を読めるようになってから、そういう人をうまく発見できるようになってきた。フィードリーダーの力っていうのは、いわゆる仕事で役立つ情報をなんちゃら、とかじゃなくて、人を発見できる力なんじゃないかなって思う。継続して読むことで、他人の輪郭はやっと見えてくるし、面白いと思える人を発見するには、大量に読む必要がある。

公開デザイン祭2008春 になんか出そうと思ってたけど、なにもでてこないなぁ。。。引き出しの少さに哀しくなる。

デザイナの意志が弱いときは、デザイナとコーダーを分離するといいって思った。デザイン起こしながらコードに落とすのがめんどいナーコレーつってやらないことが多々あって、そういうのは質を落とすことになってしまう。それなりに積み重ねがあって、コードスニペットがあるならコピペでだいたいできるけどなぁ。ブラウザ様にお伺いをたてながら書くのは涙が出るお……

http://d.hatena.ne.jp/sample/?publicdesignset=979 作るだけつくってみた。てきとうすぎるのに3時間かかった。。 IE6 は半無視してみた。あとでなおそう。。。はてなスクリーンショットがもろ IE6 ですね。

通ってるところの近くにいつもりんご飴をうってる露天があって、それを見るたびにあたまんなかをがああああってながれる。がああああああああって