消費されない作品がある。いくら読んでも何も減らない。何度読んでも新しいことを発見できる。

「絵造り」でカメラを選ぶのってすごい変な感じがするんだけど、そういう発言は割とよく見る気がするし、記事もあるようなないような気がする。いまいちどういうことなのかわからない。オートホワイトバランスの傾向なのかな。レンズの傾向なのかな。前者はどうにでもなるので後者かな。

2007年9月22日に見た夢にでてきた女の子、いまだリアリティを保ってる

土曜日は伏見稲荷へ。なんとなく疲れていたのですぐ帰ってきて寝てた。

日曜日は石清水八幡宮、飛行神社へ。

石清水八幡宮は山にうえにあってケーブルでいったのだけれど、片道だけ買って降りるのは自力で降りればよかったとちょっと後悔した。ここには神職養成所があるらしく、宮司の方は神社本庁の総長と Wikipedia に書いてあった…… 境内にいろんなものあって面白い。ここの竹を使って電球を作ったらしく、エジソン記念碑とか、ベーデンパウエル (ボーイスカウトの創立者) っぽい像とか…… 実際、竹林も素晴しかった。けど、蚊がはんぱなくてつらかった。春が秋に行くべきだと思った。

飛行神社は不思議な神社で、本殿は普通の流造なのに、その前にギリシアの神殿みたいな形のもの (拝殿?) がある。あと鳥居がジュラルミン製らしい。現代っぽさが入ると宗教建築って一気にうさんくさくなる感じがあるけど、なんでだろう。京都府神社庁のリストに載ってないので神社本庁管轄ではなさそう。

良くないことを言ってる人に対し、「一言いってやりたい」から言及するみたいなのほんと良くないと思っていて、自分も多々そういうことはあれど「拡散すべき情報か?」を考えると、拡散したら害になることのほうが多く、ならば黙って無視したほうが良いということを思って何もしないのです。

これがもし影響力が高い人に対してであったなら、既に拡散された情報をある程度打ち消すような期待もでき、第三者に「反対意見もある」ということを知らせる良いフィードバックがあるかもと思うわけですが、本来目立つべきでないような、とるにたらないような人がいってることに対して拡散するようなことをすると、本来知らなくても良かったようなネガティブな情報を得ることで「こんな人もいるのか……」と過剰に行動が萎縮されたりするわけです。

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大学いってたときの記憶が蘇えってほんと嫌だ…… はやく終われ……

とりあえず京都に住んでてよかったなあ…… 東京に住んでたらまじで死んでる……

祭、神事、大騒ぎのあと、真っ暗になってシンとなるコントラスト

これがもし地元だったりしたら、もっと感動的だろうか? あるいは慣れてしまってもう何も感じないだろうか?

西御座はスサノオノミコトとクシナダヒメ(ヤマタノオロチ退治でスサノオに助けられた娘)の子供らしい。中央はスサノオ、東はクシナダヒメ、西がこの御子神様のようだ。

生活や緑はいつもそこにあるのだ

インフラ費の支払

土曜日は自分で作った京都神社ラリーを一日でどんぐらい回れるかと思っていろんな神社に行きまくった。

下御霊神社 (ラリースポットではない) →下鴨神社→半木神社 (府立植物園)→大田神社→上賀茂神社→今宮神社→平野神社→北野天満宮→木嶋坐天照御魂神社→野宮神社→松尾大社→月読神社

で、11箇所。だった。

ラリーはクリアのためには最低3日ぐらいはいりそうだった。今日いった12社 (夜にいった八坂を含む) と、伏見稲荷、日向大神宮を1日ですませて、貴船、愛宕に1日ずつ必要そう。

今日のルートだと途中に他にも神社があるので1日あたりの数はもっと増やせそう。その場合以下のようになるかな (24社)

八坂神社→日向大神宮→下御霊神社→梨木神社→下鴨神社→半木神社→大田神社→上賀茂神社→二葉姫稲荷神社→久我神社→今宮神社→建勲神社→敷地神社→平野神社→北野天満宮→木嶋坐天照御魂神社→斎宮神社→車折神社→斎明神社→野宮神社→電電宮→松尾大社→月読神社→梅宮大社

夜は祇園祭の還幸祭で神輿をおっかけつつ、最後は八坂神社で御霊遷しを見た。御霊遷しは体験しないとわからない類のもので、本当に見れてよかった。境内の明りという明りが全て消えて、月明かりの下、神輿から本殿へ神様が神職の人によって本殿へと還っていく。おもしろかった。