17歳に、なりたい。ただ、それが、高校で、オレが、オレでないことを祈って、あるいは、オレがオレであっても、オレ以外のオレが、オレの中にいるように、生きたい。

どうでもいいけど、自分が想像する、洗濯機からでてくる女の子は、ヘッドフォンをつけてない。なぜなら、彼女にはそれが必要ないからなんだけど、いや別についていたっていいんだけど、ついていない子を見るほうが、多い。洗濯機から出てくる女の子は、目立たない。違和感がない。日常に溶け込んで、洗濯機から出てくる。

普通さの正しさ、自分の考える完全な普通さは、洗濯機からでてくる女の子につまっている。その日常とか、透明さが普通で、でもこの論理的じゃない、理不尽な世界においてそれは異常に見えることも、ときにはあるよね、っていうこと、なんですね。

すごく普通なことは、実際ほんとにリアルに溢れていて、それが自分の眼に「リアリティ」として現れるには、自分がそれに気付けるか、という一点にかかってる。自分がそれを感じられるか、って忘れないようにしないと。

雰囲気に飲み込まれて、立ち位置を見失うと、せっかく構築しかけた世界観も壊れるから、注意しながら、しっかり考えないと、また明日も明後日も危ない。

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