特に何も書けることがない。

日記を最近全然書けていない。何も考えていないということです。

日記を書くことは、ある意味では、自分は命か同等程度に重要なことだと考えているらしい。特に、自由に日記を書けることについて。

自由に日記を書くためには、いくつか必要な要素があると思う。

  • 書きたいことを制限されないこと。
  • (自分も含めた) 誰かに読まれること。
  • 読む自由があること。

日記を書くなという趣旨のことを言われると、それ言葉を発した人間への情はすっかり何もなくなってしまい、むしろ嫌悪感が生まれる。生きるうえで非常に重要な人間を相手にとってであっても変わらず、すっかり何も思い入れがなくなって、嫌悪感が生まれてしまう。その人間の重要さよりも、日記を書くことの重要さのほうが自分の中で上なのだろう。

自分のまわりには、他人にそういったことを言ったりする人が殆どいないし、あまりサンプルがあるわけではない。本当に誰にとってもそうなるかはわからない。単にそれを言った人間が単に自分が思うよりも、自分の中では重要ではなかっただけかもしれない。

エーモン トグルスイッチ ON-ON DC12V・15A/DC24V・7.5A 1570 - エーモン(amon)

エーモン(amon)

3.0 / 5.0

それはともかく、自分はよく頭の中にスイッチを想像する。金属製で、切り替えるために少々力を必要とする、切り替えるとパチンとなるタイプのトグルスイッチを想像する。ちょうど上のようなものを想像する。スイッチは回路を切り替える。頭の回路を切り替える。

何かしらをきっかけとして、スイッチは切り替わる。例えば何かを言われたりすると、パチンと回路が切り替わって、考えかたが全く逆に変わってしまったりする。頭の中のスイッチに関しては、書いている。切り替わったスイッチは元に戻りにくい。

免責事項を書いたりしないといけなくなるのが不愉快だ。