強いたげられて生きているほうがあってるみたいだ。慣れちゃったんだなこういうのに
な
twitter にハマるってどういうことだろう
よくわからない。ハマるとかハマらないとかいうものなのかな。例えば「はてダにハマる」とか「LDR にハマる」とかいわないように、「twitter にハマる」っていうのには違和感を感じる。「mixi にハマる」も違和感がある。なんだろう。何にハマるんだろう。
New version of $X
コピペメモ
今までの $X は evaluate を二回する問題があってダサいので、使い勝手をそのままにしつつ新しくして使いはじめました。
- type 指定を導入
- ECMAScript 側で受けとりたい型を指定する。 (Array, String...)
- XPathResult.BOOLEAN_TYPE とか指定するのはめんどいし覚えられない。
- type 指定なしの場合は UNORDERED_NODE_ITERATOR_TYPE をそのまま Array に変換してかえす
- たぶんこれでも殆どの場合は問題ないと思う
- ノード集合じゃない (number とか) ならそれぞれそのままかえす (いままでとおなじ)
- type 指定で Array を指定した場合は ORDERED_NODE_SNAPSHOT_TYPE を Array に変換してかえす
- UNORDERED なやつで特別問題がある場合つかう
あんまり type 指定するの好きじゃないので (めんどい) 基本的に指定しなくても問題ないように
(長いのでまだ変更するかも)
// $X(exp);
// $X(exp, context);
// $X(exp, type);
// $X(exp, context, type);
function $X (exp, context, type /* want type */) {
if (typeof context == "function") {
type = context;
context = null;
}
if (!context) context = document;
var exp = (context.ownerDocument || context).createExpression(exp, function (prefix) {
var o = document.createNSResolver(context).lookupNamespaceURI(prefix);
if (o) return o;
return (document.contentType == "application/xhtml+xml") ? "http://www.w3.org/1999/xhtml" : "";
});
switch (type) {
case String:
return exp.evaluate(
context,
XPathResult.STRING_TYPE,
null
).stringValue;
case Number:
return exp.evaluate(
context,
XPathResult.NUMBER_TYPE,
null
).numberValue;
case Boolean:
return exp.evaluate(
context,
XPathResult.BOOLEAN_TYPE,
null
).booleanValue;
case Array:
var result = exp.evaluate(
context,
XPathResult.ORDERED_NODE_SNAPSHOT_TYPE,
null
);
var ret = [];
for (var i = 0, len = result.snapshotLength; i < len; i++) {
ret.push(result.snapshotItem(i));
}
return ret;
case undefined:
var result = exp.evaluate(context, XPathResult.ANY_TYPE, null);
switch (result.resultType) {
case XPathResult.STRING_TYPE : return result.stringValue;
case XPathResult.NUMBER_TYPE : return result.numberValue;
case XPathResult.BOOLEAN_TYPE: return result.booleanValue;
case XPathResult.UNORDERED_NODE_ITERATOR_TYPE: {
// not ensure the order.
var ret = [];
var i = null;
while (i = result.iterateNext()) {
ret.push(i);
}
return ret;
}
}
return null;
default:
throw(TypeError("$X: specified type is not valid type."));
}
}
あーあーあーあーあーあーー
もうう、すべきことがぜんぜんできない。仕事全然すすまない……
コメント欄の構造変更
本番反映が思ったよりはやかった。どうせやるんだから別にいいんだけどちょっとびっくり。
ここ数日
デジャヴが多すぎる。そしてデジャヴのあとのあの、なんともいえない不安感、これからよくないことが起きる予感、みたいなのが、おなかのほうに流れこんでくる。
再読
日記再読してたらなんかこみあがってくるものがあって、そんな自分に dnbk
青春
なんだかんだいって、今までは青春をどこかで感じていたのか、ごくごく最近になって、青春性みたいなものを感じられなくなってきている感じがする。学校的なもの、女学生的なものを身近に感じず、遠くのどこかにあるもう絶対に手が届かない何か、ファンタジーのようなもの、という実感が心に浮いている。
二日連続で夢をみて、二日連続で学校 (高校) がでてきた。
PHPを避ける
PHP を たにんに すすめる というのは ぜったいに ありえない。
言語
言語は英知の固まりだ
勘違いだけど
時間かけてやれば Haskell だって理解できるのではないかと思ってしまう。勘違いだ。
今日は Wikipedia で圏論の項を一応じっくり読んでみたけどほんと全然理解できない (Haskell を理解する上では必ずしも必要ではないとは言われているけど、やっぱり背景をしっておかないと真に言語設計者の意図は感じとれないと思う)。というのもそもそも数学的なことを考えるうえで必要な教養を全く持ちあわせていないせいなんだけど、数学は独学すると危険な香りがするからうかつに手を出せない感 (だからといって先生に教えてもらう、っていうのは、そういうタチではないのを身を持って知っているので独学でやるしかないんだけど) なんか数学コンプレックスみたいだ。頭悪いの実感するから苦手なんだよなぁ。
- 具体圏以外の圏がイメージできない
- 数学的構造を理解できない
- 写像と関数の違いがわからない
- というか写像が理解できてない
- map は写像の map ?
- でも map って関数じゃん
- 写像は一部分だけっていうのがある?
- 制限写像とかって map だけでは書けないよね?
- 恒等写像は map (\x -> x) だよね
- 関数になってる写像は全射?
- 全射でも単射でもない写像ってあるの
- 値域ってなんだよ
- 値のとりうる範囲?
- どうやって指定するんだ。
- Int = 1 | 2 | ... みたいなの?
だめだこれやめたほうがいい泥沼になっていく。数学勉強してる人にバカにされる。おめーみたいなバカが理解できるわけねーだろってゆわれる。(ぼくは高校数学すらほとんどやってない。具体的にいうと高校二年の文理選択のときに全ての数学科目を捨ててる。)
人生がたりない
時間ないよなぁ。例えば、いくら金持ちだったとしても、世界中の国のあらゆる場所のよいところを知ることはできない。住んでみないとわからないことがあまりにも多いからだ。金で時間は絶対に買えない。金で経験は買えない。
時間たりないなんていうくらいなら、ずっとやりつづけろとは思うけれど、そういうのもできない。だめ人間すぎるのだなぁ……
それにしても、本当に大学は無駄だった。ひきこもって独学してたほうが数百倍素晴らしい生活ができたよなぁ。DAIGAKUSEI むかつく。みんな死ねばいい。DAIGAKUSEI だけじゃない。もっと広い範囲で、全くあわない人たちは多すぎる。今の季節の夜に外へ出て鼻腔を広げ冷たい空気とともに秋の匂いを肺一杯に感じるようにしている人達と一緒にいたい。それができないなら死んだほうがマシだ。
なんかこう
脊髄反射でニヤニヤしながら「それって違うよね~w」みたいなのをいうやつは頭が本当に悪い。たとえばおれとかだ。それを他人がやっているのを見ると自分を見てるみたいで余計むかつく。直したい。
洗濯機へ消えていった女の子
洗濯機へ消えていった女の子が悩んでいた間、君はいったい何をしていたっていうんだ?
✖
単射・全射
はてキだと単射は 1:1 で対応がとれているやつって書いてあるなぁ。わかりやすいけどそういうことなのか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%B0%84 に図があった。わかりやすい……
まる
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1489464
これすごいなー。ちょっと腹の底からグっとこみあげてくる感動があるなぁ。こういう技術っていいなぁ。
こういうのみるたびに、コーディングってライブ感がなくてすげー地味だなーって思ってしまう。ライブコーディングとかも、わかる人にはわかる、っていうレベルの面白さだもんなぁ。わかるひとだけわかるっていうがどっちかっていうと好きだから (大衆受けしても大抵ろくなことにならないから) いいんだけど、たまにちょっと切なくなる。
映像的なプログラミングだってもちろんあるわけだけど、どうもそういうふつーにウケる、みたいなのをやる気にならない。表面的な面白いことと裏側的な面白いことを組みあわせたらいいんだろうけど、表面的な面白さにしか気付かない人を見るとかなり切なくなるし話かけられるのも嫌だし、それだったら最初っから難解で気付く人が気付けばいいと思えてしまう。なんかおれは気持ち悪くひねくれてるいるんだなぁ……
うえの動画だって、おれは絵のことを良く知っているわけじゃないから、知っていればわかるような面白さに気付けていないんだろうなぁ。
独りで
よく、ある程度熟したアーティストが、他のアーティストとコラボレーションして「いい刺激になった」とかいうけど、あれはそのアーティストが既に一つ山を越えていて、ある種完成されている (つまり、完成=安定の状態を崩すための刺激) からであって、その山を越えるまではずっと孤独なんじゃないかって、つまり何がいいたいかっていうと、最初っから、大したことできないくせに、他人とコラボレーションしようとするなよ、ってなんかすごく思うんだ。
っていうのを前に書いたのを思い出した。基本的に独りでできることは独りでやるべきだと思う。
と同時というか、ここ最近なんとなく思いうかべていたのはカブスカウト (ボーイスカウトの小学生の部) の定めにある
カブスカウトは 自分のことを自分でします
カブスカウトは たがいに助けあいます
の二つ (全部で五つある)。
いろんなことは互いのバランスでできているから、例えば「していいよ」と言われてもしてはいけないことはたくさんある。こんなのすごく、すごくあたりまえのことだと思う。
Monad
順序処理を関数の入れ子に、また関数自体の値と平行して副値を走らせることで「副作用」をパッケージ化するというのがモナドのコンセプトである。
やっとこの部分が実感できた。やっぱちゃんと書いてみるってのはてっとりばやいなぁ。IO モナド以外はうまくイメージできてないけど……
