神経質すぎるのかなぁ…… でも消えたらマジこまるしなぁ。
バックアップとか
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神経質すぎるのかなぁ…… でも消えたらマジこまるしなぁ。
僕が大学生のこと嫌いなのは単純に嫉妬しているだけですよ。
「その場にいなくてよかった」とか「被害を被らなくてよかった」というよりも「あれが僕じゃなくてよかった」と思っていた。それは僕だったかもしれないし、僕がああなる可能性を確実に否定することができない。
家の開発環境を (インターフェース的な意味で) 強化してみた。でもなーなんかなぁ 家の環境整えてもあんま使えないんだよな……
備えよ常に
けどセットアップめんでええええええええ。とりあえず 500GB * 2 の HDD を明日買ってテンションあげる……
マシン名は Karen にした。おれの管理のコンピュータ名は女性名で統一していて (よくありげって DIS られう)、ただし制限を一応つけてるのでめんどかった。
必要なもの: HDD * 2, SATA ケーブル 2, SATA 電源変換コネクタ 2
シングルトンオブジェクトは「グローバル変数」の言いかえです。
マーケターは利己的に動く、エンジニアは合理的に動く。
リテラシ低いユーザを、リテラシが低いまま取り込むサービスじゃなくて、リテラシが高くなるようにデザインされたサービスじゃないとだめだ。
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ふいたw いろいろまざってるwww
ずっとねむたい
スバラシス。僕のは全部「表示・非営利 (by-nc)」にしときました。今の flickr のルールと一緒です。
ただ、fotolife はフォルダごとなので、思いたったときに all rights reserved にもどされると、一見ライセンス違反しているように見える罠が flickr より顕著ですね。怖くてあんまアテにならないかも……
つまり、「自分がみたときは CC だった」のに、あとから作者がライセンスを変えて「おまえはライセンス違反だ」と言いだす可能性がある。基本的にはサービス側でライセンスの変更履歴をとっておくべきだと思う。考えすぎなのかもしれないけど、不安は不安なんだよなぁ。flickr の CC 写真をあんま積極的に使ってない大きな理由だし……
話を聞くときは常に相手のポジションと自分との関係性を考えなければならない。圧倒的に相手の有利なことを、あたかもこちらのほうにより利益があるようにいっているのは危険だし、詐欺である。それを信じこんで楽しいならいいけれど、あとには何も残らない。悪質な新興宗教と一緒だ。
当たり前なことは当たり前に認識しないといけない。お金があれば社会に感じる不安の殆どは間違いなくなくなるし、そのうえでは完全に自由に事が運べるのだ。自分の意志で動ける時間を作らないといけないんだよ。 一番怖いのは、誰かの意志を自分の意志と勘違いすることだ。目に見える共通のプロトコルはなんだ? 疑えよ。
↑無理
自分の年齢をちゃんとわかってなくて困る、一年っていう単位が微妙すぎて、感覚的に計れない。
さすがにまずいですよねー…… とかおもう。常識を知らなくても知っていても、常識的な行動ができないなら意味ない……
朝の二時間ぐらいの間に、どうにかして頭の中にある回路を解析し、スイッチを切り替えて「やっていける」という表面上の自信みたいなものを構築しなければいけない。毎日毎日回路の構造は変わって、スイッチの切り替えかたも変わる。
何度か書いたりしているけど、僕は数学ができなくて文系に進んだ気があるので、そこにコンプレックスがあるんだよなぁ…… でもって、なんかこう、ぷろぐらむのえらいひととかは、体系的に数学を勉強しとかないのが許されるのは web 2.0 (笑) までだよネーっていう感じなので、そういうのを見るたびに、(それはたぶん正しいから) どうしようもない心持ちになる。
情熱を売ることをしたりすると、定期的にそれがなくなる周期でとてもとても大変なことになる。
宇宙はいつか消えてなくなり、人生は一瞬で終わってしまう。そこまで言わなくとも、あらゆるものはすぐに変わって形をなくし、流行は流行でしかない。そんななかで、声高に「生産性!」「労働!」などと叫び、誰かにそれを強制させようとするのはとてもバカみたいだ。人生は人間ごっこという遊びで、あるキャラクタをそこそこに演じているにすぎない。もちろん真剣に遊ぶのは間違った遊びかたではないからいいけれど、そのバカバカしいほどのマゾさを「これが楽しいんだよ!」などと他人に押しつけるのはヘンタイかつ悪い意味でのオタク的だと思う。「人生オタク」っていうのは、どんなオタクよりもタチが悪く、救いがたいバカで、害だと思う。
なんか判断力がなくて困るよーーーー 行動の指針を見失ってる。もともとあったのかすらなぞな
ちょうしこいてて ほんとに さーせん
もっとこう、ゆるい wot が欲しいんだよなぁ。普通の人でも使えるような。
既に信頼できる人が保証人になって、隣の人を知るっていうことは普通に昔からあることだろうけど、こういうのこそ安全なネットワークに必要なのにあんまりシステムとして取り入れられてないのはなんでなんだろう。
と思ったけど SNS が近いのかなぁ。でもあれは信頼の輪としては働いてないよなぁ。mixi での FOAF はそんなに信頼できない。なんでだろう。保証人がどれほど保証しているかがわからないからかなぁ。人によってはマイミク申請をかたっぱしから許可していたりするし、そういう人の保証人としての信頼度はすごく低いはずだけど、そういうのはパっと見わからない。
あと、インターネットの場合、信頼の輪の一番最初が難しいよなぁ。誰を信頼したらいいかなんてわからないし、誰も自分を保証してくれたりはしない。オフラインであれば親が最初の輪になるけど、ネットだとそういうのない。今は信頼の材料として、日記やブログの継続や、所属が明かなら所属による保証ぐらいしかないよなぁ。既に輪があったとしても、クラスタが違うとそれは効かない。
はてなでの勉強会への参加のために京都にいってきた。勉強会はゆっくりもっさり喋ったりしたけど、図とか入れないとなーって思った……とても分かり難い説明で申し分けなかったけれど、逐次質問してもらえたのでとても楽だった。本当にありがとうございますっていう感じだった。オレいつもいつもダメスwww
そいでついでに京都みてまわってきた。なんか観光は全くノープランでやってみたのだけど、いろいろと予想外だった。
一日目はいわゆる観光っぽいことはせずにぶらぶらしてみた。そもそも観光ノリじゃなくて、普通に歩いてみようと思って市内を歩いて鴨川をひたすら下ったり。(なんか観光っていう消費活動に直結して慌しく見てまわったりをやりたい気分じゃなかった。)
よくわからないけど、あんまり京都にいるって感覚ではなくて、不思議な感じだった。日本語は通じるわけだし、めちゃくちゃ何か違うってわけではもちろんないのはわかりきっているんだけど、修学旅行のときはもっとこう、京都にイルナーっていうのがあったのになーって思ったりした。修学旅行の気持ちってのはどこに行くかじゃなくて、誰と、どう行くがなんだろうなぁ。
あと、そんなこと言ったってどうせ鎌倉と同じノリで歩けば神社か寺に遭遇するだろって思ったんだけど、そうでもなくてかなりバスとか駆使して能動的に行こうとしないとだめだと言うことに気付いた。市内ワリト広スww バスワカラナスww どこ行っても同じ道にミエスwwww
二日目の午前中はなんとなく嵐山に行きたかったので (修学旅行のときは行かなかったし) 行って歩いたりした。言葉にできない奇妙な感覚がずっとついてまわっていて (それは帰ってきてからもだけど)、よくわからない。
午後は清水寺になんとなく行きたくなったので行ってみた。修学旅行で行ったはずなんだけど、全然覚えていなくて、代わりにらきすたの修学旅行のシーンが浮かんで愕然とした。
生徒さんたちがちょー多くてすごかった。どっかの学校ではチェックポイントになっているっぽくて、
などという今となってはファンタジーフィクションとしか感じられないようなシチュエーションを見かけて無闇に感動したりした。
あとは伏見稲荷大社に行って一番上まで登ってみた。ここは本当にすごいなぁ。時間的にもう夕方だったし、平日だったせいもあるのか人はかなり少なかった。千本鳥居もそうだけど、山全体がほんと鳥居だらけでおもしろかった。
帰ってくるとき、関東圏でもたぶん面白いところはいっぱいあるはずなのに、あんまり行かないよなぁと思った。小田急沿線を全部降りて土地を知ろうとするぐらいの気概があってもいいよなとか考えたりしたけど、日常の中にそれを組込むのは結構きついよなぁ。とりあえずあじさいが咲いたら新松田と調布と鎌倉にいこう。
I・N・Mってこんな唄だったっけ……めっちゃいいなぁ……
リアルやばす。最後でやっと DVD かー