よくある、平凡、同じような感じ、おもしろい

写真撮ってなかったら世界の美しさみたいなものにもっと鈍感だっただろう。そういう意味で、写真を撮ろうとすること自体が、感受性の喪失にある程度歯止めをかけているといえる。

太陽の光の強さや、持っている色にも気付けなかったかもしれない。眼に入ってくる光と頭で感じている光の大きな差にも気付かなかったかもしれない。

と、いいこと探しをした。

なんか自分の写真みかえしてみてたけど、ことごとく「京都っぽい」という感じの写真がなくてうける。

  • 鷺森神社
  • 南禅寺
    • 天授庵
    • 金地院

白川通りを下っててきとうに…… 鷺森神社は周りの森がいい感じだった。南禅寺は行くつもりがなくてもいつのまにか行きつく…… 去年いって印象に残った庭が天授庵なのか金地院なのかわからず、どっちも入った。ちなみに金地院のほうが強く印象に残ったほうだった。

金地院は「金地院にいこう」と思って行かないと入りそびれそうなところにあるのがもったいない。

プログラム書いても写真撮っても何か得られるわけではない。その先何もない。


目標がなくなっている。安心しきったやつらがどうにかするだろう。

リア充、心底イライラするけど、根本的に自分にはどうもできない問題なので、イライラしないようにだけはしたいものです。


想像力のなさなら僕だって負けていないと思うのですが、それにしてもどうしたらあんなに無根拠に安心していられるのでしょうか。

組写真の能力は写真撮影の能力とは全然違うよなぁ…… ストーリー構成と構図構成って違うじゃんすか……

  • 京都府立植物園
  • 上賀茂神社

京都府立植物園は中にこっそり神社があった (名前を失念した)。ガイドマップに載っていないが「なからぎの森」の中にある。入場料200円、温室はさらに別で200円。結構暇なときにいいかもしれない。カメラ持ってるおじさんが割とうろうろしてる。今の時期、あんまり花が咲きまくっているような感じではないのだけど、かえって良かったかもしれない。バラの剪定をしていて、切り捨てられた花が芝の上にあったりして、なんともいえない感じだった。「セブンティーン」とかいうバラがあって笑った。

上賀茂は川でぼーっとしてた。いい気分になった。

一体あの子はどこいったんだ……

意味がわからない……

fotolife はまじでサムネイルのサイズを指定できるのがいいよなぁ。flickr とか写真サービスのくせになんでできないのか意味がわからない。

並べてストリームとして見ると DP2 も 5D も一件区別が付かないなぁ。いずれの特性についても知っている人ならわかるかもしれないけど…… (DP2 のコストパフォーマンスが高いといいたいわけではない。むしろ 5D のほうが DP2 の5倍程度のコストでちゃんとした DSLR が買えると思うとコストパフォーマンスは高いように思う)

5D つっても殆ど 50mm で撮っているから画角が DP2 と殆ど違わないし、50mm も絞ってとるとシャープさが追いつくから撮った自分でさえよくわからない。

  • みなも、かがみ とかの反射
  • ベンチ

とか、よく撮ります。どちらも同じ理由です。

Firefox は画像を最初にロードしたとき、変な横線が入るバグがある。

写真はでかくプリントすればするほど強いメッセージが感じられるようになる気がするなぁ。でかさは正義っ…

写真のサイズでかくして max-width, max-height を設定した

もっと早く寝るはずだったのに変にやることがあるなぁ……

少し前チャリで走っていたら、かわいいリュックを背負った背中が可愛い女の子がいらっしゃり、大変いいなぁと思った。そして、そんな風景の重要さってのを全く知らなそうな男が隣を歩いていた。おかげで可愛い女の子も可愛く見えなくなるし、何もいいことではなかった。

随分涼しくなって、夜中や朝なんかは寒いぐらいの日がある。セミも鳴きやんで、やっとぼくも穏かになるかと思っていたのに、頭の中に鳴っているセミの声は消えず、苛だたしいことを、内側から言われ続けるのである。

いよいよ「そこに誰かにいた」をいうのが、よりリアルに感じられるようになり、まるで記憶喪失でもしたかのような穴が、生活や、風景にあいている。

そういえば昔、同じパズルを何度もやりなおしたことがあった。だいたい、パズルにはノリが入っていて、完成させたらそれで終わりなのだろうけれど (そうじゃないのか、よくわからないけれど)、完成させては壊して箱に仕舞って、暫くしたらまたやっていた。そういうことをしていると、そりゃあ、ピースの一つも欠けるわけだけれども……