MARCH
二月ももうすぐ終わる。
自分自身はだんだんと学校という環境から離れていっているように感じる。でも自分は学校という場や雰囲気は好きだ。そこで何が行われているかとか、そういうことは関係ない。
通学路のきらきらした感じ。雨が降ったときの雰囲気と匂い。文化祭の準備期間は素晴らしい。でも大学の文化祭はだめだ。あれは自分にとって文化祭じゃない。自分はまだ在学大学の文化祭に行ったことがない。
大学に制服がなく、朝礼やホームルームがないのは悲しいことだ。大学は、それでいい。でも、好きじゃないかもしれない。
適切に縛られた自由と、校則は楽しい。
「さああなたはコンピュータを使って何でもできる」と言われても何もできない。誰かが作った、制限されたソフトウェアでできうる限りのことをやってやる。オーバーフローを利用したコードを書こうとする。それが許される。
自分にとっての悪魔は寝る前には常にやってくるのだ。
ずっといたいたしいやつだ、とか言われないように、どうすればいいか、どうすれば普通にみえるのか、普通でありながら普通じゃないことをできるかを考えている。俺はみんな嫌いだ。
退屈は悪いことじゃないし、ルーチンワークは悪いことじゃない。もしそれがプログラムによって処理できないのならば、だけど……
退屈なルーチンワークはかえって新しいものを生み出しやすいかもしれない。もっとだめなことがある。例えば自分からばかばかしい状況に突っ込んだり、やりたくないことをやったりすることだ……
社会は自分がかつて思っていたより優しいかもしれない。でもわからない。社会は楽しく生きていくには厳しすぎると思う。何が悪いのかよくわからない。
頭のおかしい人たち (彼らにとってはおれがそれなんだけど) がいっぱいいる。くだらない喧嘩をしようとする。くだらない争いに巻き込もうとする。金が全てだ。そんなに間違ってない。時間を越えられないから、やることがないんだろう。
変わらないものがあるだろうか?
可愛い女の子
可愛い女の子について考えている。ばかばかしく聞こえるだろうけど、実際ばかばかしいのだ。
コモンセンスな可愛い女の子だけでなく、自分自身の感じる可愛い女の子についてもよく考える。これはそんなに難しくない。校則にそった制服をきていて、黒髪 (というより染色していない) でシャープな感じの顔つきで、眼が若干つり眼なで、知的で思慮深く、話すよりもまず考える子が可愛い女の子だ。現実にもフィクションにも滅多にいないだろう。文乃さんぐらいだ。やばい。
どこにいるんだろう。ここじゃないのかもしれない。それはそれでいい。近くにあったらつまらないものだろう。
花を見るとき、多くの場合女の子を想像する。花が好きだ。すなわち女の子が好きだ。女の子が好きだ。すなわち花が好きだ。
女の子は裏切るかもしれないが、花は裏切らない。好きな花はベロニカペルシャだ。クリスマスローズもいいけど、種類が多くて、どのクリスマスローズがいいとか言えないのが面倒臭い。クリスマスローズのよさは俯いてるところだよねって思う。ねぇ僕のほうを向いてよ。この前みたピンクのクリスマスローズは果てしなく可愛らしかったけど、僕には手が届かないだろう。さくらはロリ声だからだめだ。そういえば焼き肉屋でロリ声の店員がいて「あみこうかんしますかぁ?」とかいってた。ロリ声は好きくない。菜の花は嫌いじゃないけど、あんまり可愛くないよね。いい子なんだけどちょっと……みたいな。シクラメンもいい。白のシクラメンは本当に素敵だ。ちょっと高いんだけど……
「身長を言ってはいけないあの人」
hydё の身長は 156cm だ。秒速5センチメートルの1話を見たけど死ぬかと思った。
追記: http://ja.wikipedia.org/wiki/WP:156 すげ、専用ぺージあるんだ。