まさかの4期で期待が膨らみまくっていたけれども、特に何も裏切られず、1話からとても良かった。ひだまりスケッチの良さがどこにあるのか、うまく言葉にすることができないが、奇跡的なバランスで成り立っている素晴しい作品であると思う。

おそらく人によって違うであろう心の溝に、それぞれうまくカチりと当て嵌るような感覚を覚える。

1話終わり、エンディングで夢から覚めて朝になるような、いつまでも夢が続けばいいと思うがそうもいかない、ああいい夢だった、けれど今日は生きていかなければならないと、なんとなく悲しい思いを残して終わるのが、1期から変化せずあるように思う。

TAMRON 大口径標準ズームレンズ SP 24-70mm F2.8 Di VC USD キヤノン用 フルサイズ対応 A007E -

3.0 / 5.0

TAMRON SP24-70mm F2.8 Di VC USD (A700) を買った。純正 24-70mm を買おうと思っていたけど、値段 (ほぼ倍) の割に画質面で飛び抜けていいという話も聞かないし、手ぶれ補正もないので、TAMRON 製に手を出した。

手ぶれ補正は、4段だと ISO1600 必要だったのが ISO100 にできるぐらいのインパクトがあるので、多少レンズが大きくなっても欲しい機能だと思う。とはいえ TAMRON のこれは思いのほか大きくない。

これでようやく、大体の画角で撮影できるようになった。広角側でしっくりくる画角を探したら、良さげな単焦点のを買おうと思う。

桜ヶ丘から高座渋谷まで歩いた。

TAMRON SP24-70mm F2.8 Di VC USD (A700) と Canon EF100mm F2.8Lマクロ IS USM を持って昭和記念公園に行ってみたけれど、使い比べてみるとだいぶ違うなあと思った。ただこれが画角によるものなのか、性能によるものなのかハッキリしない。100mm の画角がそもそも長いこと使っていてすごく使いやすく感じている (普段の写真用の目の画角を100mmぐらいに設定しまっている) のもあるだろうけど、100mm のほうが撮っていて楽しかった。

24-70 は意識的に、今まであまり使っていない 24-35mm らへんを使おうとしているけど、慣れていないのですぐ望遠側70mmにしてしまうことが多々あった。しかし 70mm で開放にしても、背景が割とうるさく感じるので、撮りかたを変えないと駄目だなと思った。100mm だと適当に撮っても気持ちいいんだけど、もっと頭を使わないとだめだ。

感動するとか、撮っててめちゃくちゃ楽しい! というレンズではない気がするけど、それは単に自分に腕がないことが実感できるだけなのだろうなと思うので、めげずに使っていきたい。70-200mm を買った直後も 100mm 前後しか使わないことはあったし、100mm を買ったときも 50mm との感覚の違いには大変困ったので、経験の問題だと思う。

人間の顔が写っている場合、ホワイトバランスを大きくいじれないので、あとから写真全体の雰囲気を変えるのが難しい。一つでも顔が写っている場合、それに最初に注目してしまうので、そもそも写真のホワイトバランスが鑑賞者に与える印象が薄い。顔が入った時点で、顔の印象が支配的になるので、もし現像プロセスで気をつけるとしたら、とにかく顔の印象だけで良く、それがどうにもならないのであれば、もうどうにもならない。そんなように思った。撮影時の技術はよくわからない。

人が写ってる写真を写真展とかで見ると、これは写真作品なのか、ともやもやする。それは当然もちろん間違いないのだけれど、顔の印象の大部分を支配するのは被写体の顔 (=DNA) だし、次に支配的な表情を生みだすのはコミュニケーション力であって、光を写す、写真そのものを使った表現ではないじゃないかと思ってしまう。

とはいえ、じゃあ他のものはなんなのか、例えば風景写真はどうなのかと考えてみても、それも自然を借りて写しているだけだし、なので単に自分が、「生まれもった才能」と「コミュニケーション力」というものを嫌っているというだけだと思う。

前後編を映画館で見たけど、大変良かった。

杏子の最期の演出がちょっと変わってたのか (テレビ版があんまり印象に残ってない) 展開は当然知っているのに妙に感動してしまった。ほむらちゃんが可愛いのは言うまでもないけど、泣きながら告白するシーンはテレビ版のほうが印象的な感じがした (CMを挟んで一拍あるから?)。

都会のスナップの面白さは、鑑賞者にとって見慣れた場所にも関わらず、他人の視点を、写真として見せられることにあると思う。

そのような写真、すなわち「想定鑑賞者の大抵の人が行ったことのある場所」を写す場合、多少奇を衒う感じにしないと目をひかない。しかしインターネットのように想定鑑賞者が不特定多数の場合、できるだけ人口の多い都市、あるいは誰もが行ったことのある観光地の写真のほうが、そうでない都市より、あたりやすいんだろうなと思う。

東京近郊に住んでる人に「東京のスナップです」って写真を見せたら「ああ、あの場所をこう切り取るんですか」っていうのがあるだろうけど、「名古屋のスナップです」って写真を見せても、どう楽しめばいいかよくわかんないと思う。事前に持ってるコンテキストが違うから「へーこれが名古屋ですか」としか言いようがない。「名古屋を写したその人の写真」ではなく「名古屋についての写真」になってしまう。逆にしてもそうだと思う。


写真に限らなくて、同じ日本に住んでる人の日記だから「ああこの人は日本の空気をこう感じるか」ってのがある。でも同じような日記でも外国に住んでるその国の人が書いてる日記だと「その国ではそうなのか」って思ってしまうと思う。

日曜日は根津から根津神社・東大付属植物園によって茗荷橋谷まで歩いた。

TAMRON 大口径標準ズームレンズ SP 24-70mm F2.8 Di VC USD キヤノン用 フルサイズ対応 A007E -

4.5 / 5.0

をメインにつけて、カバンにさらに

Canon 望遠ズームレンズ EF70-200mm F2.8L IS II USM フルサイズ対応 -

5.0 / 5.0

を入れてつけかえつつ撮ってる。

望遠のほうがより落ち着いた感じに見えると思う。望遠になるほど遠くのものに注視する感じだけど、これは歳をとって対象から距離をとった感じに見えると思う。

そういえば東京国立博物館でやっていた出雲の展示を見にいった。そんなに点数が多いという感じがしなかったけど、やっぱり古代の出雲大社が本当にものすごく大きい建築物だった、というのが夢があってよかった。展示されていた復元模型は、柱が発掘される前に作られたものみたいでそのへんが再現されていなかったので、どうせなので再現しなおしたのを作ってほしかったなあと思った。

あの古代の復元模型は非常にかっこよくて欲しかった。しかし登り降りする神職の人はずいぶん大変だったろうなあと思った。いつか景気が良くなったら実物大に復元してほしい。

大社造の神社はまだ一度も見たことがない?はずなので、いつか見にいきたい。