2017年 07月 04日

関連エントリー (画像)

自分の瞳孔を内側から見る方法を発見してしまった

鏡を使うと外から瞳孔を見ることはできるけど、内側は解剖しないと普通は見れない。しかしピンホールを使うと直接自分の瞳孔を観察できた。

T=0.05mm のステンレス板に φ0.1mm の穴をあけてみたところ (ピンホール)、これに目をできるだけ近づけてそこそこ強い光源を見ると、自分の瞳孔を見ることができることに気がついた。

簡単に再現する方法

ある程度小さい穴なら以下のような現象が再現できるので、手でピンホールを作って室内蛍光灯とかを見るだけでよかった。

こんな感じにして穴を片目にあてる。単に穴を通して向こう側が見えるだけに思えるが、もう片方の眼にあたる光を手で遮ったりすると瞳孔の動きがわかる。(瞳孔は左右の眼で同時に変化するので、観察している眼と逆の眼の光量を変えてやる)

歪な形の穴を通した場合、光量によって歪な形のまま大きさが変化する。いまいちなんで瞳孔の動きが観察できるのかわからない。

まだら模様の円内と、ぎざぎざした円縁

一定の光源のはずの円内はまだら模様にみえる。

その周辺にはぎざぎざした縁の円があって、急激に暗くなる。

なぜこれが瞳孔だと確認できるのか

片方の眼を遮光した状態で、もう片方の眼にピンホールをあてると大きな円が見える。この状態のまま片目の遮光を外すと急激に円が収縮する。もう一度遮光しなおすとゆるやかに円が拡大する。

よくみると静止していても円は拡大したり収縮したりする。

光源と網膜の間でこのような動きをするのは瞳孔だけなので、これは瞳孔だと思う。

瞳孔内のまだら模様は何なのか

まだら模様は眼球を回転させても移動しない。瞳孔の大きさも関係ない。常に一定の模様が見える。

角膜・水晶体・硝子体のうちのどれかが関係してそうだけどわからない。ちなみに角膜前についた埃も見えるのだけど、まだら模様よりすこし遅れて動くことから、たぶん角膜表面よりは瞳孔に近そう。

なぜ眼の外のピンホールで瞳孔が見えるのか

よくわからない。ピンホールを近づけすぎると、ピンホールが作る像が瞳孔でケラれてしまうからかな? だとすると瞳孔が見えているというよりは虹彩の影が見えているといえる。

2017年 07月 03日

関連エントリー (画像)

とにかく最悪の夢を見た。悪意のある人間しかでてこない、終始みじめな思いをしながらどこかに向かうようなやつ。どうしようもない。

2017年 06月 30日

関連エントリー (画像)

2017年 06月 29日

関連エントリー (画像)

2017年 06月 28日




関連エントリー (画像)

しばらく写真を現像時にあまりいじらないようにしてたけど、やっぱそういうんじゃないなと思ってやめることにする。しかし積極的にいじっていこうってのもおもいのほか難しい。「現実を優先すべき」という固定観念にとりつかれており (撮って出し信仰の亜種)、これをふりはらって「こういう絵が好きなんだ」とするためには自信が必要だろう。

一見した自然さよりもフィクション感のほうが好きだなと思う。高解像度で、はっきりとした現実感があるにも関わらずフィクション的な絵にすると、現実をゲームのレンダリングエンジンで見ているようで面白い。元気なうちは、眼で見れるものはそのまま眼で見れば良いのであって、レンズを通さなくて良い。

とりあえず Lightroom のクロスプロセス3種が結構良いので雑に適用してからハイライト・シャドウの色相いじったりするのが早い。

2017年 06月 27日

熱海の朝焼け


関連エントリー (画像)

2017年 06月 26日

『新装版 不安でたまらない人たちへ やっかいで病的な癖を治す』を読んだ

新装版 不安でたまらない人たちへ やっかいで病的な癖を治す - ジェフリー・M・シュウォーツ

ジェフリー・M・シュウォーツ

4.0 / 5.0

これを読んだ。おおむねOCD(強迫性障害)の治療についての話。原著は1997年なので丁度20年前の本。

なぜOCDを題材とするか?という疑問があったけど、本文中で理由も述べられていた。「プラセボが効かない」「症状を患者自身で自覚できる」「脳のPET検査に症状がでる」あたりから科学的に効果が検証可能であり、治療の結果として患者の意思と行動により脳で起こっている症状を改善できる (思考と行動により脳の活動を変化させて治療することができる) ことがわかったから、と理解した。

OCDがメインだけど、他のことにも応用できると書いてある。他のことに応用するときに重要なのは、自分がそれを直したいと思えるか。

本文は繰り返し繰り返し症例 (具体例) と4段階法の実践方法が書いてある。ひたすら繰り返しなので飽きるっちゃ飽きる。

認知行動療法

この本はだいたいは行動療法と書いてあるけど、認知行動療法とあまり区別されてはいない。

「公平な観察者」(アダム・スミスの概念) を有効活用・強化し気付き(マインドフルネス)を得ることが重要とのこと。昨今のマインドフルネスの流行りにのって新装版が出たのかな?

公平な観察者

元々はアダム・スミスが言いだした概念らしい。アダム・スミスといえば「神の見えざる手」の人で、自分の中では「市場原理の人」というイメージから経済学の人だと思っていたが、哲学者だったようだ (常識なんだろうが)。

「公平な観察者」は自分のなかにある利害から独立して客観的に自分を判断する存在。なんとなく確かにそういうものは自分のなかにはあることはわかる。表層的な行動、というよりも自動的な反応に対して、一方でそれを認知し正確な判断をし、善し悪しの裁定を行う。

マインドフルネスって言葉が流行ってるけど、瞑想と混同されている。瞑想はつまり「公平な観察者」の能力を高める方法論なのではないかと思う。反応の前に確実に公平な観察者の裁定を行い、行動する。そのために一旦は刺激は受容したうえでおいておく。というか「公平な観察者」と「気付き (=マインドフルネス)」はほぼ同じもので、公平な観察者の能力に注目したものがマインドフルネスではないかと思った。まぁ言葉の定義よりも心を鍛えよという話なのだが……

賢明な仲裁者

新装版だと前書きにこういう言葉が増えているが、この本だと公平な観察者との違いがいまいちわからなかった。