2006年 07月 01日

引越し

今月25日に引っ越し。

とりあえず住所電話番号が確定し、ネット回線もすぐに繋がる見込みだけれど、なんかいまいちよくわかってなくて不安だ。

ネットは光になる。NTT から光アダプタ?みたいなのがこっちの家に送られてくるらしい。それを持って光の工事 (引越し少し前) に立ち会え的な何か。

とりあえず、ちゃんとグローバル IP があって、ddns で外からアクセスできればいいけど、それまでが面倒くさすぎる。


ここには小学校入学と同時に引っ越してきたから、結構長く住んでいる。引っ越すと市が変わるから、成人式はアレになるのかな。出ないことになりそう。学校から・都心から遠くなる。自分ももう隠居したい気分。

成人式は普通に侵入できるらしい。

そういえばとっくに成人の人が成人式に出る記事をどっかで読んだ。

2006年 06月 28日

あーあーあー

どうも XML 書くのが面倒くさくなってきた。もう全部 Trac wiki 記法で書きたい。


やっぱバックエンドに svn を使った日記とか CMS が欲しい。バージョン管理システムを既存のを使えば、どこでもチェックアウトしコンテンツ書き換えられる感じに。


なーんも考えてない。英語キーボードを試してみたい。ノートPC (たぶん MacBook) が欲しいので15万ぐらい溜める。すげぇ長い。やだなぁ。はやく欲しいなぁ。明日地震がくるかもよ。かもよ。明日死ぬかもよ。やりのこしたことはない? あるよ。あるけど実現できないよ。あるけど実現できないよ。可愛い女の子と青春したかった、なんて叶わないことさ。

ここ数日なぜか中年とすっ飛ばして、このまま老人になって、ああ、みたいなこと考えて、だめだなぁと思った。中年になったって、どうせ、ごちゃごちゃ言ったって、ぎりぎりになった未来の俺はぎりぎりでどうにかするんだろうし、それが詰まらないことでも、どうせ死なないんだろうなぁって。全部やめたい、とか今も思ってるのに結局続けているわけで、なんなのよと、思わないでもない。何なのよなんてわかってはいると思うけど。

最後の砦、みたいなのがいつも必要だと思う。今はまだぎりぎりあるけれど、そのうち無くなることは分かりきっている。もうない人も世の中にはいっぱいいる。


他人を見下してると、見下されてるほうは絶対わかるものだ。だから「見下さない振り」じゃなくて、見下さないことを心がけるんだよ。本当はそんな人はいないのだから!

そんな無意識の自信過剰をまわりは感じる。「ぶっちゃけそんなに自分は頭よくないよ」って何をぶっちゃけているのだろうかとか、そういう。そして見て見ぬふり。しないように意識しないと

まず間違いなく、自分以下の理解力の人はいない。いない。伝わらないなぁってときは、まず間違いなく自分の説明が悪く、まれにそもそも思考レイヤーの差のせいで話が通じないことがあるぐらい。思考レイヤーの違う人とは話していても結局意味がないから、できるだけ話さないように。思考レイヤーの違いは、思考方法の回路が違うから、理解力がどうとかで比べられない。あうか、あわないか、それだけだと思う。

何かが起きたなら、原因があるはず。でもどうしてか理不尽さを感じることがある。例えばちっぽけだけれど、歩きタバコしてる人の後ろを歩いたとき。なんで自分が被害をうけているんだろうと思う。例えばちっぽけだけれど、こんな無駄に長い日記を書いていること。なんで自分はこんなもの書かなければならない情況にいるんだろうと思う。もっと大きく。病気・事故、何に繋がっているんだろう。

携帯電話の「電話」機能が好きじゃない。携帯電話なのに電話機能が好きじゃないとか無駄さが溢れているけど、特にかかってくるのがあんまり好きじゃない。その場の、目の前にいる人間との会話に、半強制的に割り込みをかける感じが好きじゃない。だからあんまりとらない。あんまりかかってこないけど。メールでいいじゃん。メールもこないけど。

それに、そもそも電話が好きじゃない。電話で話すのは気持ち悪い。理由は知らない。考えても無駄だと思う。どうせ理由なんて、殆どこじつけなんだし。上のも、無駄。無駄。


授業とかで Flash を強制されたり、「Flash はこんなに素晴らしい!」みたいな話を聴くたび、Flash のことが嫌いになっていくんだよね。

Flash を何かに置き換えてもいい。Java とか (やってないけど)、VB とか (やってないけど)、ユーザーインターフェイス設計とか (やってないけど)

2006年 06月 25日

もっと、カタチのあるものを作りたい

カタチのあるものを全然作れない。うーん。

プログラムより、ちゃんと物理的に形が見えるのを作りたい。

2006年 06月 23日

長い夢を見た。

長い夢を見た。昨日学校の図書館で爆睡したときに見た夢と、昨日の夜妙に早く (8時ごろ) 寝て、今まで見ていた夢 (15時間)。続いていたけど、前半を覚えていない。クライマックス付近だけ覚えている。アルファギークはでてこなかった。むしろ珍しいことに現実にいる人が一人しかでてこなかった。


  • なんかの拍子に別の世界に紛れ込んだ。電車・トンネル
  • 高校生ぐらいの人たち (ないし人じゃない何か) が集まる四年制の学校
  • 廊下の奥の奥、生徒会役員とその周りの人が所属する人たちのための食堂がある。薄暗い。というかこの世界自体が薄暗い。関係者以外は入ってはいけない。
  • 一年生と二年生はライン (パシリの意味らしい) と呼ばれている。三年生・四年生にも呼び方があったけど忘れた。
  • 生徒会長は痩せ気味・身長はあまり高くないが、能力がアレらしい。結局見れなかったので不明
  • 彼女 (こちらの人間・髪が長い・身長が高い・微妙に天然入ってる) は時を止められるが、とめる時間帯が決まっている。ついでに準備が必要。周りに数名協力者がいる。
  • 彼女 (というより彼女の中にある何か) と、郊外のアパートの101号室に住むネコはキーである。
  • ある入り口がない建物の前にマットがしいてあるが、そこがトビラ。最後まで気付かない。というより気付けない。

キーパーソン (彼女とネコ) といろいろあるけど忘れた。ネコは人語を喋れる。アパートの一人暮らししている時点でただのネコじゃない。ネコのほうは純粋にキーだけど、彼女は元々こちらの人間なので、紛れ込んだときにキーが混入したみたいだ。たぶんそのキーのおかげで彼女の使える力が大きかったんだと思う。

なかなか死なない人がいた。だいぶひどいことをしたと思うけど、結局弱りもしなかった。気持ち悪かった。というか人じゃないんだなあれ。多摩川・長い道路・本

生徒会役員に味方が一人いる。と思いきや、割と味方がいる。というよりむしろ一緒にまぎれこんだ人たちは基本的に仲間のようだ。が、誰がまぎれこんだ人なのか正確に知る方法がないため信用できる数名で動く。


専用食堂で食事をしていると生徒会長が来る。逃げる。違う人間がターゲットになる。よかった。騒ぎが大きくなる。どうでもいいけどエロ本は一万円の罰金 (高すぎじゃない?)。ここで時が止まる (これは誰の協力ない。彼女の独断によるもの。協力がないため、動けたのは彼女と自分だけで、時間も短い)。手紙をもらう (内容は忘れた)。それとは別に口頭で、次の時間は4:00だと告げられる。

急いでこの世界がでないと、という話になる。このへん曖昧。先輩関係でネコがキーワードになっていることが判明し、アパートのネコを尋ねる。学校に帰る途中、今まで入り口がないことが変とは思いながらそれ以上を考えなかった場所がトビラであることに気付く。マーキング (あとで戻るためのしるし) をつけて学校へ。

他の人たちをまとめてマーキング位置に転送し、扉を開いてもとの世界へ。

無価値じゃなくて有害

見て不愉快になる物は見なければいい、と人は言う。例えば自分に対する陰口が書かれた匿名掲示板。例えば自分に向けた悪意が積み重ねられているソーシャルブックマーク。身分の目に入るところにそれを入れなければいい、そう言う人は多い。中にはシステム的にそれをやってしまう人もいる。リンク先のさとうさんはそういう人のようだ。

これはちょっと違うんだよね。あのスクリプト書いたのはもうちょっと違う理由があって、まぁスクリプト自体はそういう風にも使えるんだけど、もともとは違うって意味でちょっと違う。

自分が「何を」消したかったかというと、見たくないものというより、もっとなんていうか、有害なものを消したかった。例えば、本当に例えばだけど「さっさとクソして寝ろ」とか「くだらない」とかしかコメントに書いてないブックマーク (ブックマーカー) って、その文に価値がないうえに、自分にとって不愉快になるという点で「有害」なんです。だから消したかった。読むに値しない以上に有害なのを消したかった。

不愉快になるけど、批判は全うで、読んでおくべきだなぁと思ったらそれを消したりはしない。

何も得るものがないうえに不愉快になるとか、そのこと自体がまた不愉快なのでスクリプトを書くに至った的何かで、そこまで感じなかったらスクリプトなんて書かないわけです。そうじゃなかったら $X("//div[@class='bookmarklist']/ul/li[a["+xpath_fl+"]]/text()[last()]") なんてめんどくさいコード書かないです。

2006年 06月 20日

スローライフしたい。

throw :life
#=> ThreadError : "uncaught throw `life' in thread 0x854b6a8"

スローライフの意味がやっとわかった。@IRC by mayuki さん

2006年 06月 14日

ルーチンワークは悪くない。

どうでもいいこと (しかしやるべき、ないしやらなくてはならないこと) がルーチンワークなのは別にいい。それについて何も考えなくていいから。それについて何も考えなくていいということは、他のことを考える時間がそれなりにできるということだ。

特に俺が嫌なのは、どうでもいいのにルーチンワークじゃないことだ。心底「どうでもいい」ことに対していちいち時間を消費して考えなくてはいけない。

死ぬまでの時間はそう多くない。楽しいことに時間を使うのはいい。「どうでもいいこと」に時間を使うのはまさに浪費でしかない。そして楽しいこととどうでもいいことは紙一重で、ある一瞬をすぎてスイッチが切り替わると、とたんに今までのことがどうでもよくなったりする。それに自分が楽しいと思っていることが、他人にとって楽しいかどうかは全く分からない。

2006年 06月 13日

さぼった

起きたらすごいだめな気分だったので、一限を潰して寝たのだけど、それでもだめな気分だったのでさぼった。

一限を潰した時点で親がだいぶうるさかった (高い金払っているのに!とか。関係ないけど俺にもし子供ができたら絶対こういういいかたをしないようにしようと思った) ので、とりあえず図書館に行くことを決め、電車に。電車を待つ間いろいろ考えた。いつの間にか落ち着いていられる場所が限られることに気付いた。

図書館についたらてきとーに本をとって閲覧室に入って寝た。下半身が痺れるごとに起きて体勢を変えつつ、最後に起きたのは13:30。それから眠れなくなって駅までなんとなく歩いた。歩道の、色の違うブロックだけをなんとなく踏んで歩いた。歩道横の緑色の部分に落ちているタバコの吸殻を見て空虚な気分になった。

別に何か目的があるわけでもないので、駅前の100円ショップに入り、大して面白くないので本屋でブックカバーを眺めた。すぐ飽きて外に出た。

そのあとダイエーの電気屋を眺め、帰宅した。めんどうくさい

2006年 06月 10日

表現

それが表現である限り、表現者が見えてこないと面白くない。ただの商品であるか否かの境界がそのへんにあると思った。なんとなく。でもただの商品が悪いわけじゃない。消費されて残らないだけで、瞬間いいと思えるならそれはそれでいい。役目が違うから

変にメッセージメッセージした歌とかが苦手なのは、本人たちが何を考えてそれを言っているかあまりに不明なことが多いから。別にメッセージメッセージさせなくったって、事柄をたんたんと言ってくれればいいのに。その事柄にリスナーが何を感じようとリスナーの勝手だ。そういうのを強くコントロールしようとする姿勢がなんかにがて。


デザインの怖いところは、それが明確なメッセージをもっていて、しかも気付かないうちにそれを内に入れてしまうところだと思った。作りたいものを感じたまま作ったものじゃなくて、メッセージによって作らされた、みたいな。よくわからないけど

メッセージっていっても周囲の空気とか環境が伝えてくることは柔らかくなっていていいんだけどなぁ。自分から出た何かが、環境に反射して、自分はそれを観察して、表現になる、みたいな。時間がかかるけど、熟考に必要な時間だと思う。環境は少し前の自分の反射だから。そういう手順が踏まれず、押し付けがましい感じがでるのがだめだ。


だからまぁ、こんなことは書くべきじゃなくて、押入れに詰め込んでおいて、隙間から出てくる溢れたものをすくうべきなんだろうなぁ。それができない時点でだめすぎる。

Play a role

だいたいのことは目の前にあるものだけれど、理想的に可愛い女の子というのは存在しない。なぜかといえば、そもそもそんなもんないからで、それを求めて、夢の世界に戻るからだ。夢の世界に生きていながらいくには寝ればいい。


人間ごっこがいつ終わるかというのはまさに死ぬときで、おそらくそれ以外にない (もしかするとあるかもしれない)。今重要なのは「人間ごっこ」をしっかり「人間ごっこ」と認識して行動するということで、それはすなわちこのクソつまらない日々をどうにか楽しく感じるような心と体になることと同一である。決して楽しい日々に好転させることではなく、クソつまらないことを、それさえ面白いことだと思えるようになること。

しかしながらそれは、例えば楽しそうな高校生活を送ってきたある人間が少し現実に気付いて愚痴の一つでも洩らし周りのやつらに励まされているような情景を見て、ばかみたいに笑ってしまうのとはまた違うのだ。なんで俺はコンピュータに向かって必死に命令文をうちこむようなことをしていたんだろう? というかしているんだろう?


ほんとに、なぜだろうって何時も思うけど、自分だけじゃなくむしろこれは普通で、そういう意味ではマジョリティであるってことぐらいは分かっている、と思う。

客観的に見たら、どう考えても俺は恵まれた境遇にある。ただそこにあるものと求めるものが少し違うだけだ。でも、あまり文句を言える立場にない。もっとひどい人たちはいるから。それと、ただたんに幸せな情況っていうのはありえない (周りがそうさせないから)。気を抜くと悪意が入ってくる。