2005年 11月 11日

環境光

電撃 hp のインタビューの写真を見ているとどうしても胸が痛くなる (謎) んだけれど、例えばあの写真が、音楽と人の1ページであったり、あるいは Web Designing に1ページであったりしたら、こんな気持ちにはならないんだろうなぁ、と考えたところで、環境の重要さを再確認した。

誰が悪いわけじゃなくて、その写っている人が悪いわけじゃなくて、しかも誰にもどうしようもないことであるから、アレなわけですよ。

2005年 10月 23日

効率的に「切ない」を実装したい

どういうのが切ないのかを考える。どういう風に表現すれば切ないっぽいのかを考える。ちなみにただのメモだから結論なんて出ていないし、そもそも考えるまでいってない部分だってありますよと。うるせーよ。

切なさがの正体がよくわからないので、正体不明のままにしとく。

  • 伝えたいのに伝えられない。(なんらかの約束が邪魔をする / 自分が素直になれない (ツンデレ))
  • 伝えたのに伝わっていない。(字がかすれて読めない手紙 / 喧騒にまぎれる声)
  • 解決方法がどれも問題を含む。(所謂友達か恋人か)
  • 解決方法がそもそもない。(死んでいく近しい人 / 過去の選択ミス)
  • 自分が無力。(明らかに周りとの差を感じる / 助けてあげたいが助けを求められていない) 広くとると一個上と同じ。
  • 現実と理想とのギャップ。(美しい音楽を聴くとき、絵を見るとき) 上二つとだいたい同じ。

効率的、とか書いたけどまずムリだ。頭痛くなってきた。とりあえず日本語かけるようになれよ俺。な?

2005年 09月 29日

タイムトラベラーの固有時間

いやだってタイムトラベラー自身の時間は進み続けてるんだから過去に戻るっていうより、過去のように見える別の世界に移動するってほうが正しいっつうか直感的でしょ。

記憶さえも脳細胞の状態の変化なんだから、本当に過去に戻るってことはいろいろ忘れていくってことでもあるし、そんなタイムトラベルは意味がない。

一旦過去のように見える別の世界に移動したらもうもとの世界には戻れない。その過去のように見える世界に自分がいる時点で過去ではない。「もうもとの世界に戻れない」というのは実際のところ今ここで生きているこの状況と変わらない (一瞬前の世界から、次の一瞬という世界への移動でなりたっていると考えられる) わけで云々? なんとなくだけれど、結局今の状況 (自分の時間は超えられない。超えても気付かない・意味がない) は変わらないのだから、タイムトラベル (のようなもの) ができても別に幸せにはなれない気が。

今目の前には過去と未来、あるいは過去と未来と呼ばれるものを含む無数の可能性があって、無意識のうちにそれらの中からひとつを選択している (させられている。同じだ) と考える。

よくある歴史改ざんして自分のいいような世界にしてしまう。というのはタイムトラベラーが真実を知らなければ (そして実現可能ならば) 割と幸せな方法だと思う。タイムトラベラー自身には、自分が過去に行って、歴史を改ざんし、未来に戻る、ということやっているように見えるから。本当は (本当は?) 自分が過去にいった元の世界は君を失くしたまま続くし、改ざんされた過去は本当の (本当の?) 過去ではない。戻ってきた世界は改ざんされた過去を持つ現在のように見える世界でしかない。つまるところいつでもバカは幸せだっていうこと。いや俺は実現可能ならやるけど。もとの世界なんて知ったこっちゃない。

問題は、どうやって目的の一枚を探し出すか。そこにある過去に見える一枚と、すぐ近くにある宇宙がなくなっている一枚と、その他ほぼ無限の一枚を正確に見分けてポイントし、移動しないといけない。移動っていうのもおかしいな、実際は見ればいいだけだ。探し出す、といえばいいかしら。なんでもいいよ。ねむい。

タイムトラベルの能力 (可能性を見る力) を与えられて、遊んで、二度ともとには戻らない、そしてタイムトラベルすればするほど泥沼にはまっていくってことを気付かせるモノガタリがあったら教えてください。爆笑しながら読みたいです。タイムトラベル絡みでハッピーエンドなんてありえないね。さて問題「タイムトラベル」を何かに読み替えても違和感がありません。なんでしょう?

2005年 08月 16日

DuckTyping::Human

人間として感じられるなら、それでいいんだってことが、確定 (?) したのでよかった。高校のとき (サイト作成を割りとまじめに始めたころ) 無駄に「人間の姿をした豚」あるいは「豚の姿をした人間」を食えるかとか考えていたけど (カレー味のウンコとかと同じだ) よくわからんままになってしまった。結局、どっちも食えないのが正解だった。あたりまえだけど。

人工無脳だろうが、ソレっぽく見えれば人間として扱える。原理は関係ない。そもそも face to face で会った人間でさえ、原理的に自分と同じような人間であるかどうかはわからない。もしかしたら自分の知らないところで人間っぽい何かが作られていたかもしれない。もしかしたら体だけ人間で脳みそが入っていないかもしれない。

話が極端、というわけでもないよね。実際には脳みその入っている人間のほうが少ない気がするし。

さて寝よう。余計なことを頭から排除しないと寝れんよ! しかしながら無駄なことというのは無限に頭に沸いてくる。それこそ人間が人口を増やすみたいに。

2005年 07月 06日

顔は浮かんできても名前が出てこない

LUNKHEAD の東京にてを聞くたびに、顔は浮かんできても名前が思い出せないことなんてあるんだろうか、とか考えていた。でも、今日ふと幼稚園のころの友達の名前を思い出そうとしたら顔しかでてこなかった。名前が思い出せないってかなり困るなぁ。

不思議なのは、小学生・中学生のころのやつは名前はでてきても顔がでてこなかったりする。あ、でも顔しか思い出せないやつもいるな。何の違いなんだろうか。

2005年 06月 27日

なにがそんなにいい?

本当に、単純な疑問として、失うもののほうが多いのになんで生きてるんだ。

それと、俺はいったいどこでどんなことをして、今の状態になっているんだ? わからないほど俺が馬鹿であるのは馬鹿な俺でもわかるけど、どこでこんなになったのかまったくわからない。どうすればよかったんだ?

次こそは、と希望をかけても無駄だというのに気づいてるはずだ。それでも希望をかけるのは愚かだ。

あまりに理解できないことが多すぎる。やりたくないことが多すぎる。

2005年 06月 20日

アンドロイド+

人間的な AI (別に考えていなくとも、考えているように見えればよい) を積んだ人型のアンドロイドがあるとすれば、生身の人間なんていらない。

想像力について

想像力はただあればいいのではなくて、制御できなくてはいけない。書くとあたりまえだね。でも制御するのは (少なくとも私には) 難しいことなのです。想像力のスイッチを消した後、必要になったときそのスイッチを入れられるか、入れられないかもしれない、と想像してスイッチを切れない。そういうもののようです。

心無い?

ネトゲーとかやっていると多いけど、例えばレベルがあがったときとかの「おめ~」と「あり~」とか、ああいうのが実は私は嫌いなんです。レベルがあがるのは仕方ないですよね、そりゃやってれば上がるものなので……で「おめ~」とか言われるわけです。おめでとうとか言われたら、ありがとうと返すのが半ば義務 (礼儀) な気がするのでいうわけです。なんかこれがだめなんです。

実際「おめ~」なんて言ってて、本当におめでとうなんて思うことはごく稀になってしまってるわけです。おめでとうの言葉の価値が、どうでもいい場面で使われることでなんか落ちる気がするのです。でもこういうのはなんていうか、本質ではなくて、もっと別の視点で嫌いな気もします。つまるとこ何で嫌いなのかよくわかりません。

挨拶と同じで、呪文なのはわかるんです。でもこの呪文がだめなようです。

2005年 06月 10日

人間について

人間が嫌いらしい。自覚したのはここ最近だけど、種はもっと前からあるのかもしれない。